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<新聞雑誌記事><記事 タイトル="" サブタイトル="" 文献="0" 人物="多様性を守る" 年月日="2006/09/20(Wed)" 連続="4" 画像="" 横サイズ="" 移動="1" リンク名="" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_tayousei">&lt;font size=4&gt;&lt;a href=../&gt;Home&lt;/a&gt;&lt;center&gt;&lt;a href=eco_watashitati.xml&gt;私たちにできること&lt;/a&gt;&lt;br/&gt;┌────┬────┬──┴──┬─────┬────┐&lt;br/&gt;&lt;a href=eco_gairon.xml&gt;概　論&lt;/a&gt;　&lt;a href=eco_seibutsu.xml&gt;&lt;b&gt;生物への影響&lt;/b&gt;&lt;/a&gt;　&lt;a href=eco_osen.xml&gt;汚　染&lt;/a&gt;　&lt;a href=eco_shoshigen.xml&gt;ゴミ・省資源&lt;/a&gt;　&lt;a href=eco_shoene.xml&gt;省エネ・温暖化&lt;/a&gt;　&lt;a href=eco_genshiryoku.xml&gt;原子力&lt;/a&gt;&lt;/center&gt;　　　　　　　┌───┴──┐&lt;br/&gt;　　　&lt;a href=eco_yusui.xml&gt;生態系を守る&lt;/a&gt;　　&lt;b&gt;多様性を守る&lt;/b&gt;&lt;br/&gt;　　　　　　　┌──────┼────────────┐　　　　　　　　　　　　　&lt;br/&gt;　　　&lt;a href=eco_tayousei_sekai.xml&gt;世界の動き&lt;/a&gt;　　&lt;a href=eco_tayousei_zetsumetsu.xml&gt;絶滅危惧種・危急種・希少種&lt;/a&gt;　　&lt;a href=eco_tayousei_gairai.xml&gt;外来生物の問題&lt;/a&gt;</記事>
<記事 タイトル="生物への影響／多様性を守る／" サブタイトル="遺伝子多様性はなぜ重要か" 文献="1" 人物="" 年月日="tayousei01" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="2" リンク名="文芸春秋（記事）1992年2月　川那部浩哉" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_tayousei">&lt;b&gt;性（オスとメス）の存在理由&lt;/b&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;イネは気候風土にあうようにいろいろのものが作られ、純系が選抜された。しかし、近年の需要の偏りから一部しか残っていない。日本で改良された品種は他の地域では適合しない。それの交雑だけでは、異なった条件に適合するものは生まれてこない。&lt;br/&gt;いろいろな遺伝子を持った様々なイネを、原産地を中心にあらゆるところから大急ぎで集め、遺伝子資源としてこの多様性を保持しておかなければならない。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;なぜオスとメスという性なるものを持つようになったのか&lt;br/&gt;いくつかの議論があるが、さまざまな生物的・非生物的環境変動の中に生きいくためには、いろいろに起こった突然変異を含む遺伝子を新しく組み合わせ、さまざまな変動に対処するための適応であるとする解釈が有力である。  &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;font color=blue&gt;遺伝子の多様性は環境適応のために必須であった&lt;/font&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;b&gt;善意があだとなる&lt;/b&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;長良川のサツキマスなど、養殖して放流すれば大丈夫などというのは、極めて小数の固体の子孫だけを大量に入れることになり、遺伝子多様性が著しく減少する。&lt;br/&gt;台湾のサラマオマス（世界で一番南に分布するサケの仲間）の増殖は、そのため孵化放流を見合わせ、（自然に任せて個体が増えるよう）川を魚に住みやすい場所に作り戻すことに専念している。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;ニホンジカは増えすぎて問題になっているが、彼らの出産（数）は、自分たちの子供を食う動物の存在を前提にしてきた。つまり食われる数、あるいは他の要因で死ぬ数を勘定に入れて子供を出産するように、遺伝的に決めてきた。それがなくなり子供はほとんど育ち、植物をほとんど食い尽くしてしまった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;こういう問題を早くから論じたイギリスのラックさんという人は、巣立ちする雛の数が一番多くなるように、鳥の卵数は進化の中で決まってきたということを実証した。&lt;br/&gt;ある鳥は、松林になった近年でも昔のブナ林の時と同じ数だけ産卵する。雛の餌の量は松林ではうんと少なくて、それだけの雛は育てられない。進化の歴史の中で決めてきた性質は数百年程度の短い時間では変わらない。ただこの鳥が絶滅しないのは、変りものがいて、昔も今も少ない数の卵を産む鳥がいて（平均化されず）多様性を保ちつづけてきたからである。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;font color=blue&gt;演繹的認識（原則から物事を見ようとする）ではなく帰納的認識を（現場から物事を見る）&lt;/font&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;b&gt;多様性は危機を乗り切るための手段&lt;/b&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;人間の顔がみな同じだと無気味。ひとつの種が同じ性質を持つことはない。&lt;br/&gt;同じところに住む集団の構成員も一個体ずつ異なっている。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;アユのなわばりの「氷河期遺存習性説」&lt;br/&gt;アユのなわばりは労多くして効少ないもの。それにもかかわらず川の瀬では、必要な餌の量の十倍以上もある一平方メートル程度のなわばりを持っていて、大変なエネルギーを費やして自分の餌場を守っている。&lt;br/&gt;それは過去にあった危機的な状況を乗りきるための手段だった。&lt;br/&gt;ほぼ一万年前まで続いた最後の氷河期には、餌となる石の上の藻類の量は今よりもうんと少なくて、このなわばりの大きさはちょうど必要な餌の量をまかなう程度であった。&lt;br/&gt;アユは、その前の何回もの氷河期と間氷期を過ごしている。したがって、危機的な氷河期には必要で、間氷期にはいくらか損になるが致命的ではないなわばりは、ずっと持ちつづけられてきたと考えられる。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;琵琶湖のアユ&lt;br/&gt;なわばりを持つ性質がとくに強く、産卵期がその川に海から上がってくる（ほかの種）に比べて一ヶ月早い。&lt;br/&gt;この二つ（の性質）は氷河期に重要であった。&lt;br/&gt;そのころには、海と川を往復するアユがとびはなれて寒い条件に棲んでいた。&lt;br/&gt;したがってなわばりは最も強く守られなければいけない。&lt;br/&gt;また、秋遅くに産卵したのでは、冬までに孵化して海へ下れない。&lt;br/&gt;海からのアユに比べてうんと早く産卵する必要があるわけである。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;非生物的な環境との関係においてにせよ生物相互の関係においてにせよ、過去に起こったさまざまな事態に対処し適応できたものの子孫は、それに適応し得た性質を遺伝的に残している。  &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;font color=blue&gt;多様性は強さである。未来への保険である&lt;/font&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;b&gt;過去と未来に深く関係する生物群集&lt;/b&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;熱帯地方の生物の性質や生物群集の様相全体に見られる奇妙な現象が、数十年あるいは数百年に一度起こる様々な形の妨害ないしは動乱に関係しているものであるらしい。&lt;br/&gt;生物が今示している性質は、現在という時点だけのためにあるのではなく、過去の歴史に基づいているものであり、また、未来に向かって発展する契機となっている。&lt;br/&gt;群集の持っている多様性は過去の関係にも一部分は依存し、未来の生物群集に大きい影響を及ぼす。&lt;br/&gt;生物が、環境の影響を受けながらそれを逆に変えている。  &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;font color=blue&gt;アッテンボローのテレビ番組などで見かける生物の不思議な行動もそういうことから理解できるのかもしれない&lt;/font&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;b&gt;大切な生物の相互関係&lt;/b&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;地球環境の温暖化の問題にも、このことが言える。化石燃料をこのままの進み方で燃やしつづけていくと、そのうちに平均気温が三度とか四度とか上がるとされている。&lt;br/&gt;おのおのの生物が温暖化などでどう変わるかだけではなくて、（生物相互の）関係がいかに変わるか、さらには非生物的環境がどう変わるのかを考えていく必要がある。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;草や木は枯れて腐ってなくなってしまうからこそ、新しい草や木が育つ。&lt;br/&gt;死後に、自分のからだを分解する生物が存在することを前提として、彼らの生活は成り立つ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;font color=blue&gt;単一の生物の変化だけでなく生物相互作用で影響が大きく変わることもある&lt;/font&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;b&gt;パンドラの箱&lt;/b&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;外来生物移入の問題&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;ブラックバス。ブルーギル。&lt;br/&gt;アフリカのビクトリア湖に放流された魚食性のナイルバーチと雑食性のテラピア二種は、この湖にしかいない多くの魚をほとんど絶滅させてしまった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;一様化の問題&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;複雑で多様であった環境を一様に単純化してしまうと、それまでは棲み分けていた在来の生物同士が、直接の競争関係に入ることを余儀なくされてしまう。&lt;br/&gt;「人間的自然」は生物間の関係や生物と非生物的環境との関係をほとんど絶滅させ、遺伝子多様性の未来をも失おうとしている。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;center&gt;&lt;font color=blue&gt;&lt;b&gt;自然を変えるにしても自然を保護するにしても、&lt;br/&gt;この総体というものはまだまったく判っていないのであり、&lt;br/&gt;パンドラの箱である可能性が高い&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;/center&gt;</記事>
<記事 タイトル="生物への影響／多様性を守る／" サブタイトル="" 文献="1" 人物="" 年月日="2007/04/23(Mon)13:26" 連続="" 画像="img/700007.jpg" 横サイズ="1" 移動="3" リンク名="" リンク="" コメント="（写真：最上川河口）" ジャンプ="eco_tayousei"></記事>

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