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<新聞雑誌記事><記事 タイトル="" サブタイトル="" 文献="1" 人物="田圃・河川" 年月日="2006/08/19(Sat)" 連続="4" 画像="" 横サイズ="6" 移動="1" リンク名="" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">&lt;font size=4&gt;&lt;a href=../&gt;Home&lt;/a&gt;&lt;center&gt;&lt;a href=eco_watashitati.xml&gt;私たちにできること&lt;/a&gt;&lt;br/&gt;┌────┬────┬──┴──┬─────┬────┐&lt;br/&gt;&lt;a href=eco_gairon.xml&gt;概　論&lt;/a&gt;　&lt;a href=eco_seibutsu.xml&gt;&lt;b&gt;生物への影響&lt;/b&gt;&lt;/a&gt;　&lt;a href=eco_osen.xml&gt;汚　染&lt;/a&gt;　&lt;a href=eco_shoshigen.xml&gt;ゴミ・省資源&lt;/a&gt;　&lt;a href=eco_shoene.xml&gt;省エネ・温暖化&lt;/a&gt;　&lt;a href=eco_genshiryoku.xml&gt;原子力&lt;/a&gt;&lt;/center&gt;　　　　　┌──┴───┐&lt;br/&gt;　　　&lt;a href=eco_yusui.xml&gt;生態系を守る&lt;/a&gt;　　&lt;a href=eco_tayousei.xml&gt;多様性を守る&lt;/a&gt;&lt;br/&gt;　　　┌┴───────────────┐　　　　　　　　　　　　　&lt;br/&gt;　　&lt;b&gt;水系&lt;/b&gt;　　　　　　　　　&lt;a href=eco_shinrin.xml&gt;森　林&lt;/a&gt;　　　　　　　　　&lt;a href=eco_sangaku.xml&gt;山　岳&lt;/a&gt;　　　　　　　　&lt;br/&gt;┌─┴────────────────────────┐&lt;br/&gt;&lt;a href=eco_yusui.xml&gt;湧　水&lt;/a&gt;　　　　　&lt;a href=eco_shicchi.xml&gt;湿　地&lt;/a&gt;　　　　　&lt;b&gt;田圃・河川&lt;/b&gt;　　　　　&lt;a href=eco_seitaikei.xml&gt;干　潟&lt;/a&gt;　　　　　&lt;a href=eco_kaiyo.xml&gt;海　洋&lt;/a&gt;&lt;/font&gt;</記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川" サブタイトル="生命のものさしは生命以外にない。" 文献="1" 人物="指標生物" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="3" リンク名="UTANの解説19901101" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">水の汚れの指標には１６種類の生物を示している。&lt;br/&gt;カワゲラやサワガニがいればきれいな水（貧腐水性）&lt;br/&gt;ゲンジボタル、セタシジミ、スジエビなどがいればやや汚れている（ベータ中腐水性）&lt;br/&gt;ヘイケボタル、ヒメタニシはかなり汚れている（アルファ中腐水性）&lt;br/&gt;イトミミズ、赤色のユスリカはきわめて汚れている（強腐水性）とされている。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;font color=blue&gt;化学物質の濃度などの数値を基準にすると全体の正常状態を把握できない。&lt;/font&gt;</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／河川法改正" サブタイトル="河川法改正　1997年" 文献="1" 人物="" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="3" リンク名="毎日新聞サイバー編集局環境のページ臺宏士（文）199708508" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">1997年3月20日　民主党の河川法改正案に共産党も同調 &lt;br/&gt;　改正案には環境保全を重要な課題として新たに盛り込んだ。&lt;br/&gt;　この改正案をまとめた五十嵐さんは山形県河北町出身、最上川のそばで育った&lt;blockquote&gt; 日本共産党の緒方靖夫参議院議員は20日、東京・星陵会館で開かれたシンポジウムで民主党を中心に議員立法化が進められている「公共事業コントロール法案」、「河川法改正案」の２法案について「議員立法について全力をあげてやっていきたい」と述べ、同調していく考えを表明した。共産党議員が両法案について言及したの&lt;br/&gt;は初めて。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; シンポジウム「公共事業チェック ２１世紀の山河を考える」は、共産党を除く超党派の国会議員でつくる「公共事業チェック機構を実現する議員の会」（会長・小杉隆文相）などが主催。６政党から、佐藤謙一郎（民主）▽竹村泰子（同）▽石井紘基（同）▽緒方靖夫（共産）▽笹山登生（新進）▽秋葉忠利（社民）▽岩国哲人（太陽）の衆参議員と錦織淳氏（さきがけ）の７人が出席した。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; シンポでは、「議員の会」オブザーバーで弁護士の五十嵐敬喜・法政大学法学部教授（立法学）が、「公共事業を官僚の手から取り上げるコントロール法」をテーマに基調報告。この中で五十嵐教授は、市民が民主党に対して提言している「公共事業コントロール法案」と建設省が今月上旬に提出した「河川法改正案」の対案となる&lt;br/&gt;「新河川法」を説明した。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; これに対し、緒方氏は、「政治家は、山河をどうするのか」と題したパネルディカッションの席上、「（コントロール法案は）非常に大事な点だと思う。五十嵐先生のあった議員立法について、私は、実らせる方向でぜひ全力をあげてやっていきたいと思う」と述べ、共産党も同法案に同調していく方向で取り組んでいく考えを明らかにした。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; 公共事業コントロール法案は、現在、閣議決定事項となっている「治水事業５カ年計画」など国の公共事業長期計画の策定手順を国会の承認事項とすることで、計画の立案課程に国会を関与させることが骨子。また、民主党の新河川法は、河川の実質的な管理を地方自治体の首長や学識経験者などで構成する水系委員会に分権することなどが特徴となっている。&lt;/blockquote&gt;  &lt;br/&gt;1997年3月31日　民主党、河川法改正案の概要を発表&lt;br/&gt;&lt;blockquote&gt; 民主党は３１日、同党が４月中旬の国会提出を予定している河川法改正案の概要を発表した。同党案は、建設省が３月上旬に国会提出した改正案の対案となる。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; 民主党案では、建設省案が、依然、同省の一元的な河川管理となっているのに対し、各河川ごとに地域住民らで構成する「流域委員会」を設置。同委員会が河川管理の方針や整備計画、水利権を審議する権限を与える&lt;br/&gt;など地方分権と住民参加を重視した点が最大の特徴となっている。また、建設省案と同様、現行河川法での「治水」「利水」目的に「環境」を加えたが、民主党案では「開発は必要最小限とする」とするなど、より環境保全を踏み込んでいる。このほか、機関委任事務となっている２級河川の管理については、都道府県に移すことにした。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; 民主党の河川法改正案を取りまとめている法政大法学部の五十嵐敬喜教授（立法学）は「理想の形態に近づくためのワンステップ。河川管理は、最終的には建設省から環境庁と地方自治体に移すべきだ」と話している。&lt;/blockquote&gt;&lt;br/&gt;1997年4月25日　民主党が河川法の独自案を提出&lt;br/&gt;&lt;blockquote&gt;民主党は25日、政府が３月に提出した河川法改正案の対案として環境保全、情報公開と住民参加をより重視した独自案をまとめ国会に提出した。 &lt;br/&gt; 民主党案では、河川の管理の目的を治水、利水に加え、「多様な河川環境を健全な状態に保全して将来の世代に引き継ぐことが現在の世代の責務」と環境保全を重要な課題として新たに盛り込んだ。このほか、河川管理についても各水系ごとに河川や環境、生物などの学識経験者や地方自治体の首長で構成する「水系委員会」を設けて、水利権や管理の基本方針を策定することにしたほか、住民の意見を聴く公聴会の開催を義務づけた。また、ダムの貯水量や放流量などの情報公開を義務づけるなど政府案の努力義務よりも環境保全や住民参加、情報公開をより重視した法案となっている。両法案は、衆院の建設委員会で審議される予定だ。&lt;br/&gt;民主党の仙谷由人政策調査会長は「自然の豊かな、流域の住民から愛される、そのような川が日本中で少しでも多くなることを願っている」とのコメントを発表した。&lt;/blockquote&gt; &lt;br/&gt;1997年5月9日　衆院建設委、政府案を賛成多数で可決／上記の「市民の河川法改正案」は否決 &lt;br/&gt;　　　　　　　２３対５／民社党と共産党だけが賛成した&lt;br/&gt;&lt;blockquote&gt;「市民の河川法改正案をまとめた」五十嵐敬喜さん&lt;br/&gt;「川を守っていくには流域の人たちの参加してもらわなくては。国が管理を独占しているから、長良川河口堰（ぜき）のような無駄なものが出来てしまう」&lt;/blockquote&gt;&lt;blockquote&gt; 衆議院建設委員会は9日、政府が提出した河川法改正案を自民、新進の賛成多数で可決した。これに対し、民主党が提出した独自案は、共産が同調したが23対5で否決された。民主党案の採決では、民主3人に加え共産の2人の合計5人が賛成。社民は、採決の際は欠席した。また、共産が提案した政府の修正案も否決された。政府案は、13日開かれる衆院本会議で可決され、参議院に送られる見通し。今回の河川法改正は、河川管理の目的に、環境保全を加えるなど1964年の同法施行後、初の大改正となる。&lt;/blockquote&gt;</記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川" サブタイトル="河川に細菌含むユスリカ駆除剤／米国から輸入／環境への影響懸念" 文献="1" 人物="水質汚染_2000年3月" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="3" リンク名="山形新聞／夕刊20000325" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">害虫対策として松山市、相模原市が実施&lt;br/&gt;　この薬剤は米国で蚊などり駆除用として認可された青虫駆除剤で東京の商社が職人、大阪の業者が一九九ハ年から販売を始めた。（略）&lt;br/&gt;　これに対して、外来生物の生態系への影響を研究している研究者などの間からは「菌がつくる毒素は、ユスリカ以外の昆虫などにも影響を与える」「微生物は突然変異率も高く、増殖するのも早い。きちんとした環境への影響評価も国の規制もなしに公共の河川に使うのは問題だ」との厳しい批判が出ている。&lt;br/&gt;　厚生省審査管理課によると、ハエなどの衛生害虫の駆除剤については薬事法上の審査と許可が必要だが、ユスリカは衛生害虫ではなく、不快害虫に分類されるため駆除剤でも審査や許可は不要という。</記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川／山形県" サブタイトル="" 文献="1" 人物="山形県" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="3" リンク名="" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen"></記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川／山形県" サブタイトル="トータルな水環境整備、水質悪化、実態を県民に明示" 文献="1" 人物="┣" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="4" リンク名="山形新聞／特集20000918" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">&lt;b&gt;共生&lt;/b&gt;&lt;br/&gt;２０年前と比べると最上川の水に含まれる窒素、リンは三、四倍に。場所によっては十倍になっている。&lt;br/&gt;単に環境基準をクリアしていると言っているうちは自浄能力の回復はあり得ない。&lt;br/&gt;&lt;b&gt;回帰&lt;/b&gt;&lt;br/&gt;現代人は川離れを実感しつつ、最上川には川と共に生きる県民の感性が息づいている。&lt;br/&gt;建設省や健は水辺環境を害さない木道、魚道などの設置に取り組みを進めている。  &lt;br/&gt;</記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川／山形県" サブタイトル="ふるさとの川にサケを" 文献="1" 人物="┣" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="5" リンク名="山形新聞／社説20030122" リンク="" コメント="高度成長期には省みられなかった地方の河川が再び地元の人たちの関心に" ジャンプ="eco_kasen"> 山形市、高瀬川の清流と環境を守る会&lt;br/&gt;2002年5月、農薬が投棄されヤマメやイワナなど3万匹が死んだ。会ではサケやヤマメを放流し、川の清掃活動に取り組むなど活動を進めている。</記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川／山形県" サブタイトル="一番きれい、山形県鮭川" 文献="1" 人物="┣" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="6" リンク名="山形新聞／社会総合20030709" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">東北の川、水質調査 &lt;br/&gt;　東北地方整備局が８日発表した昨年の東北地方の一級河川水質現況調査結果によると、２６河川でもっとも水がきれいだったのは本県の鮭川（最上川水系）で、全国１６６河川の中でも７位だった。&lt;br/&gt;　調査は水質汚濁度合いを示す１リットル当たりの生物化学的酸素要求量（ＢＯＤ）を毎月計測し、年平均値などを参考に順位付けた。</記事>
<記事 タイトル="汚染／水汚染" サブタイトル="置賜のハグロトンボ／「生息地情報連絡して」" 文献="1" 人物="┣" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="67" リンク名="山形新聞19980629" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">米沢の小形さん広く市民に呼び掛け &lt;br/&gt;ハグロトンボの生息地を探そう―米沢六中教頭の小形義和さん（47）＝米沢市浅川＝は、置賜全域を対象に市民参加のトンボ調査に乗り出した。トンボの住める水辺環境を取り戻すきっかけに―という発想。第一弾として、羽が真っ黒で人家近くの小川などにすむハグロトンボを選び、見つけた人の情報提供を呼びかけている。&lt;br/&gt;ハグロトンボは体長約六a。…&lt;br/&gt;三十年ほど前には、夏の暑い日に平地の川でひらひら飛ぶ様子が普通に見られたという。…ここ数年の間に米沢市上郷、白鷹町荒砥など置賜の四ヵ所で生息地を見つけた。農薬使用の低下や下水道整備により水質が回復しているらしい。…&lt;br/&gt;市民参加の調査は、トンボを通じて水辺環境や生態系を見直してもらう目的。生息地を見つけた人に電話かファックスで連絡してもらい、記録用紙と地図を送付し回収。寄せられた情報を集約して分布をまとめる。&lt;br/&gt;ハグロトンボ生息地調査に関する情報は、小形さんの電話・ファックス０２３８（３７）５２０９へ。</記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川／山形県" サブタイトル="＜四万十川＞川と共生する住民の知恵" 文献="1" 人物="高知県東津野村" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="8" リンク名="大東文化会報「離見」19970615" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">し尿を水と炭酸ガスと窒素に分解、すべて空中に放出&lt;br/&gt;　東津野村では、人口３，１００人の村民と家畜のし尿の海洋投棄をやめて、今年四月に日本で初めてのシステムによるし尿処理施設を建設した。階　村独自で開発したマルチ・エアロ・ダイジェスター・システムは、四万十源流方式といい、従来の活性汚泥方式と異なる。し尿を水と炭酸ガス・窒素ガスに分解し、すべてを空中に放出して、家庭排水も含めた汚水は、一滴も四万十川には流さないという。&lt;br/&gt;　微生物科学の研究者と共同開発したこの新しいシステムで、一日４トンのし尿は、２４時間後にはすべてなくなっているという。</記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川／護岸" サブタイトル="" 文献="0" 人物="護岸" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="11" リンク名="" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen"></記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／護岸" サブタイトル="同じ河川工事の建設材再利用／赤川護岸の工費節約（山形県三川町成田新田）" 文献="1" 人物="1999年1月" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="12" リンク名="山形新聞19990131" リンク="" コメント="隙間のないコンクリートでなく、生物に優しい護岸工事" ジャンプ="eco_kasen">　建設省酒田工事事務所は三川町成田新田を流れる赤川の成田護岸工事で、決壊した河岸に同じ赤川の河川工事現場から出た玉石やコンクリートを袋詰めにして敷くリサイクル工法に取り組んでいる。建設材の再利用などで工事費を１０％削減できたほか、河岸の自然なカーブをそのまま生かした環境に優しい護岸になるという。&lt;br/&gt;　工事現場は県道酒田鶴岡線新川橋のすぐ上流。平成９年６月の洪水で決壊した左岸百六十メートル区間（のり面の面積約八百u）の復旧工事を去年１０月から進めている。今回の工法では直径２０センチ前後の玉石を入れた網袋を約２８００袋造り、河岸のカーブに沿って修復個所に敷き詰めた。網袋は重さ約２トン。&lt;br/&gt;　玉石は赤川上流で本年度施工した伊勢横内地区護岸工事（鶴岡市）の現場で発生した石材を運び込んだ。また赤川河口部の赤川床止撤去工事で出たコンクリートも粉砕して網袋に入れた。床止撤去工事では昭和１１年施工の消波ブロック（約２トン）が原型のまま出てきたため、これも成田護岸に移設。根固め部分に消波ブロックを置き、魚礁の役割を果たすようにしたという。&lt;br/&gt;　網袋の敷設作業はほとんど終了した。後は袋の上に約５０センチの表土をかぶせる作業を残すだけで、表土も近くの大山川の旧堤防の土を活用する。工事現場に自生していたヤナギやアカシヤなどの木を植え直し、２月中旬には完成の予定。総工費は約９，１００万円。&lt;br/&gt;　同事務所は最上川の大宮護岸工事（酒田市）も同様の工法で取り組んでいる。&lt;br/&gt;　同事務所赤川出張所では「通常の復旧工法で必要な仮設工事が不要で、建設材を再利用したことなどから、従来に比べ１０％程度費用を節減できた。袋詰め工法を繰り返し採用して熟練度が増せば、工期も１０−１５％程度短縮できる」と話している。</記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川／魚道" サブタイトル="" 文献="0" 人物="魚道" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="9" リンク名="" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen"></記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川／魚道" サブタイトル="知床の治山ダム５ヵ所に魚道、道森林管理局" 文献="1" 人物="" 年月日="2006/12/01(Fri)" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="14" リンク名="北海道新聞2006年4月14日" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">　道森林管理局は13日、本年度の事業計画を発表した｡知床世界自然遺産登録地を流れるイワウベツ川の治山ダム五基の魚道整備や、登山者、観光客に人気がある山々の植生保全を目的に「グリーン・サポート・スタッフ」の配置などを盛り込んだ｡&lt;br/&gt;　今年2月、知床科学委員会の河川工作物ワーキンググループが、鮭科魚類の遡上を妨げる大河川の十の工作物について、改良を検討することを決定｡この中に、道管理局がイワウベツ川に設置した治山ダム五基が含まれた｡</記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川／魚道" サブタイトル="" 文献="1" 人物="最上川" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="10" リンク名="" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen"></記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川／魚道" サブタイトル="魚にやさしい川づくり推進／最上川を守る漁協連絡協議会" 文献="1" 人物="┣" 年月日="2006/11/18(Sat)" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="15" リンク名="山形新聞／政治・行政面19991113" リンク="" コメント="漁協と行政との話し合いで" ジャンプ="eco_kasen">　最上川の水質保全について各漁協が意見交換する「最上川を守る漁協連絡協議会」（高橋安則会長）が十日、長井市のはぎ苑で開かれ、魚がすめる魚道づくりに向けて関係機関に要望していくことを決めた。&lt;br/&gt;　協議会は、最上川に関係する十の漁協で構成。各漁協関係者と河川行政の担当ら三十二人が出席し、魚にやさしい川づくりのシステム化とダム建設について話し合った。この中で、「水が地下に潜り、河川の一部で流れなくなる″支流の分断″が見られることから、護岸工事に配慮してほしい」「河川の底を平らにせず、水が浸透しやすいように工夫すべきだ」といった要望、意見が出された。&lt;br/&gt;　これに対して、行政側からは「コンクリートによる河川整備でも魚に配慮、工夫していけば、魚がすめる」といった意見も出され、関係機関団体が一致協力し、″魚にやさしい川づくり”を進めていくことを申し合わせた。</記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川／魚道" サブタイトル="魚がのぼりやすい川づくり／最上川に全面魚道" 文献="1" 人物="┣河北町溝延" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="12" リンク名="Web参照20030206建設ものしりガイド／現場案内／山形県／完成施設" リンク="http://www.thr.mlit.go.jp/Bumon/B00097/K00360/monoshiri/genba/gen_yama/kanri/g_yam_5.htm#first" コメント="山形新聞／政治・行政面19990107" ジャンプ="eco_kasen">全国初の全面魚道方式床固、天童豊栄床固 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;中央魚道部のブロックには、角の丸い魚道ブロック（アイスハーバー型）を使用し、魚に傷を付けない配慮が。 &lt;br/&gt; &lt;br/&gt;</記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川／魚道" サブタイトル="サクラマス、カムバック／魚道の整備や砂防ダム撤去県に要望" 文献="1" 人物="赤川" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="13" リンク名="山形新聞／政治・行政面20000215" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">　赤川の環境が悪化し、県の魚サクマラスの生息環境が脅かされているとして、流域の民間三団体が十四日、県に対し、赤川にそ上する個体が増えるよう魚道の整備や砂防ダムの撤去を求める要望書を提出した。 &lt;br/&gt;年間に四、五千匹のサクラマスが捕獲されたが、近年は百〜三百匹に&lt;br/&gt; &lt;br/&gt;</記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川／魚道" サブタイトル="" 文献="1" 人物="立川町立谷沢川" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="11" リンク名="" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen"></記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川／魚道" サブタイトル="しののめの瀬／渇水期もそ上可能／魚道の通水始まる" 文献="1" 人物="┣1999年2月" 年月日="" 連続="" 画像="img/700016.jpg" 横サイズ="650" 移動="12" リンク名="山形新聞／政治・行政面19990216" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">（記事記録なし）&lt;br/&gt;写真はmikkoが写す。</記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川／魚道" サブタイトル="水辺の楽校・清川／水辺の楽校／しののめの瀬" 文献="1" 人物="┣2003年2月" 年月日="" 連続="3" 画像="img/700016.jpg" 横サイズ="650" 移動="16" リンク名="Web参照20030206" リンク="" コメント="河北町に続く全面魚道の完成" ジャンプ="eco_kasen">最上川との合流点、魚が２つの川を自由に行き来できるように全面魚道が作られている。&lt;br/&gt;近くの河川敷には立川町が「水辺の楽校」という野外キャンプ施設を作っている。</記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川／魚道" サブタイトル="立川町予算／水辺の楽校" 文献="1" 人物="┣2003年3月" 年月日="" 連続="3" 画像="" 横サイズ="650" 移動="14" リンク名="山形新聞／わがマチ新予算20030306" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">水辺の楽校施設整備事業…１４００万円&lt;br/&gt;町内清川の最上川河川敷に簡易水洗式の常設トイレを設置、広場の一部を整備する。 </記事>
<記事 タイトル="生物への影響／生態系を守る／河川／魚道" サブタイトル="魚道整備で魚影消えた" 文献="1" 人物="最上町白川" 年月日="2006/11/29(Wed)" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="22" リンク名="山形新聞／社会面19990317" リンク="" コメント="魚道整備があだに" ジャンプ="eco_kasen">　渓流釣りのメッカ・最上町の白川から魚が消えた─。県が進める「魚道」整備をめぐり、地元住民などが「工事で川の状況が一変した」として怒りをあらわにしている。四月一日解禁になるが、釣りどころか、元の魚影の濃い白川に戻るのに何年かかるか、と県や工事業者に現状回復を求める動きも出ている。「完成像を見てもらえれば」と将来的な効果を訴える県関係者。しかし、地元住民らは「魚道で、こんなことになるとは‥」と不満と不信感を募らせている。&lt;br/&gt;　今回問題となっているのは、最上白川ダム下流の約２．５キロ区間で整備が進められている魚道工事。建設省の「魚がのぼりやすい川造り推進モデル事業」の一環で、川内にある落差口に階段式の魚道を設置し、魚の行動範囲を広げるのが狙い。県は十年度から十二年度にかけ、この区間二十八基の魚道を整備する計画だ。&lt;br/&gt;　現在、第一次工事で、１〜１．５メートルの落差口数カ所に、コンクリート製の三、四段式の魚道を造っている。白川の河川監視員をつとめる地元住民は「工事用の重機を川におろす足場のために積まれた土砂が、川に流れている」という。また、工事で川の中瀬にある魚の隠れ家や休む場所となる深みも土砂で埋まった状態。&lt;br/&gt;　地元の渓流釣り愛好者らは「イワナやヤマメに加え、えさとなるカゲロウやカワゲラなどの水生昆虫、植物もすべて埋められてしまった。魚がすめる状態ではない」「今の季節は、魚がえさを食べるため川岸からでも魚影が確認できるはずだが、見当たらない」と一変した川を悔やむ。またこの区間の１．２キロは去年、キャッチ＆リリース区間になったばかり。今シーズンが本格スタートだが、水を差す形に。&lt;br/&gt;　第一次整備を担当する県砂防課では、「地元漁協からも承諾を得ている。工事中は多少の影響は出るかもしれないが、長い目で見てもらえば（魚道の）成果に納得してもらえるはず」と話す。&lt;br/&gt;　このほど、地元の漁協や住民、渓流釣りグループなどの関係者が集い、現状と今後の対策について協議。「工事前の業者の同意書では、魚や川に十分配慮するとなっているが、まったくなっていない」「復元工事を行うなど何らかの手を打たなければ、取り返しがつかない」との意見のほか、「魚は落差口を上っていた。本当に魚道は必要だったのか」と整備そのものへの不信感を口にする人も。第一次工事は終了目前。解禁日も近く、全国の渓流釣りファンから、今年の状況についての問い合わせが相次いでいるが、地元では返答に苦しんでいるという。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム" サブタイトル="" 文献="1" 人物="ダム" 年月日="2007/09/27(Thu)22:31" 連続="" 画像="" 横サイズ="5" 移動="24" リンク名="" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen"></記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／概論" サブタイトル="ダム建設の時代は終わった／ダム建設がダムの目的だった" 文献="1" 人物="ダムはムダ　" 年月日="2006/08/24(Thu)" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="24" リンク名="山形新聞／読書欄　書評：吉岡忍19991025" リンク="" コメント="1999年10月　ダムによって近代を作り上げてきたアメリカが今、ダムを解体している" ジャンプ="eco_kasen">マーク･ライスナー著「砂漠のキャデラック」&lt;br/&gt;　ロサンゼルスが砂漠の上に築かれた都市であることを、私たち―日本人もアメリカ人もつい忘れる。世界最大の農産物生産地域のアメリカ中西部が、もともとは砂漠や土漠だったことも忘れてしまう。&lt;br/&gt;　わずか二百年でアメリカが超大国になれたのは、はるか遠方の荒くれ河川にダムを造り、何百`もの導水管を敷き、荒涼とした大地を濯漑（かんがい）して畑や牧草地に変えたからだ。アメリカ文明はダム建設と潅漑開発の上に花開いた、といっても過言ではない。&lt;br/&gt;　ダム万歳、と言いたいところだが、マーク・ライスナーの「砂漠のキャデラック」（築地書館・6000円）はダム建設の歴史に分け入り、それが結局は、税金を使って大規模農業経営者だけを潤すことであり、幾種類もの動植物を絶滅に追いやったり、一万年もかかって溜（た）め込まれた地下水を数十年間で使い尽くす暴挙であり、さらに役所同士の縄張り争いと、コストも便益も無視した建設それ自体の自己目的化だった、とみごとに描いている。&lt;br/&gt;　アメリカ資本主義の、これが正体だったか、と私は目をみはりながらページをめくった（片岡夏実の訳文は読みやすく、注釈も簡潔でていねいだ）。ここではアメリカの歴史や政治経済の動きばかりか、大衆の性格形成の道筋までが読みとれる（アメリカ旅行を計画中の若者は必読、と勧めたい）。&lt;br/&gt;　私は毎年のように長江を訪れ、中国が建設中の世界最大級の三峡ダムを眺めているのだが、こんな巨大なものを造ってほんとうに大丈夫なのか、と心配すると同時に、権力というものの変わらぬ本性を見る思いがする。いまや埋もれかかり、厄災の元となっているエジプトのアスワン・ハイダムの場合もそうだったが、権力はなにか巨大な建造物に本能的にあこがれるらしい。&lt;br/&gt;　近代に入っては、それがダムだった。そこに、放っておけばばらばらの大衆のエネルギーを誘導し、国民精神としてまとめあげていく。フレッド・ピアスの「ダムはムダ」（共同通信社・二四二七円）には古今東西のそのやり口が語られていて、興味深い。&lt;br/&gt;　しかし、アメリカ政府はいま「ダム建設の時代は終わった」と宣言し、既存ダムの取り壊しまで始めている。それはたんに市民の環境意識が高まったというだけでなく、権力と市民との新しい関係はなんなのか、なにが国民精神を再発揚するのかという模索の始まりを告げるものでもある。&lt;br/&gt;　にしても、先進国日本がいまもせっせとダムを造りつづけているのはどうしたことか。役人たちには次の時代の課題が見えないのだろうか。（吉岡忍・ノンフィクション作家）</記事>
<記事 タイトル="開発／ダム／" サブタイトル="クロヨンで学んだこと" 文献="1" 人物="火力､原子力に比べ発電量が少ない" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="" 移動="26" リンク名="週刊新潮20041021号_渡辺淳一_秘すれば本音　第２３回" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">（前略）&lt;br/&gt;時代とともに変わる&lt;br/&gt;　…正しくは黒部第四発電所とダムの意味。&lt;br/&gt;　当然のことながら、黒部川にはこれまで下流から、第一発電所、第二発電所、第三発電所と、三ヶ所つくられてきた。&lt;br/&gt;　そして戦後、昭和31年、急速に増してきた国内の電力需要に応ずるために、第四発電所とダムの建設が計画された。&lt;br/&gt;　それにしても、なぜ黒部川だけ、このようにいくつものダムと発電所がつくられてきたか。&lt;br/&gt;　その理由は前にも記したとおり、この川が日本一の深い峡谷を分けて、高低差の激しい川であるとともに、アルプスの雪解け水が大量に流れ込んで、水量が豊富だからである。&lt;br/&gt;　だがこのクロヨン工事は、戦後最大といわれる難工事であった。&lt;br/&gt;　上流に行けば行くほど、川の周辺は険しく、すべてトンネルを掘って進まなければならなかったが、途中、大砂砕帯にぶつかり、大量の湧水が出て、工事は大幅に遅れた。&lt;br/&gt;　この難所を突破して、昭和38年、当時のお金で五百十三億の工費と七年の歳月を費やし、延べ一千万人の人手により、百七十一人の尊い犠牲者を出して、ようやくこの大工事は完成したのである。&lt;br/&gt;　…だが残念なことに、今では、水力発電はあまり大きな意味を持たなくなってきた。&lt;br/&gt;　膨大な建築費と人員を要して発電しても、現在では火力や原子力にも及ばない。&lt;br/&gt;　このクロヨン一帯だけで生み出される電力が九十万キロワットであるのに、同行の井川氏が経営する大王子製紙だけで、六十万キロワットを自家発電して消費しているというのだから驚く。&lt;br/&gt;　2000年の資料によると、国内発電電力量のうち、原子力は34％であるのに水力はわずかに10％、それ以外のほとんどは火力となっている。&lt;br/&gt;　かくして、世紀のプロジェクトもいまやエネルギー源としては影が薄く、アルプスを、そして峡谷を満喫するための、観光地となりつつある。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／概論" サブタイトル="ダム放水、見直しが必要／夏場の川に水流したい_" 文献="1" 人物="2000年2月" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="26" リンク名="山形新聞提言：難波次郎（朝日村在住）20000210" リンク="" コメント="ダムから流れる水を100％電力会社が独り占めした" ジャンプ="eco_kasen">　水環境については今、大きな変革期に入っている。川と堰（せき）、そして水の記事が新聞に載らない日はないくらいである。水環境といっても非常に多岐にわたるが、ダムや川から引く水道水や農業用水、およびわれわれの住む所に川があって、その川に水が流れていることなどが最も身近なところである。&lt;br/&gt;　その川の水が昭和二十年代初期のような清流ではなくなり、生活用水の入った汚れた水に変わったこと、岸辺に木や草が豊富にあって魚のすむ場所であったところが、その両岸がコンクリートで固められたりして大きく変化をしたのである。このような水環境の変化の中で、われわれの住む村では信じられないような事態が起きているのである。&lt;br/&gt;　それは昭和三十四年、村内の荒沢ダム（県企業局）が完成した時からである。ダムから流れる水を100％電力会社が独り占めしたことである。その結果下流十数`bには水が流れない水無し川となったのである。殊に五月末から九月いっぱい、水は一滴もなく、空川となり、一番水に親しむ季節に魚捕りもできなければ水浴びもできないのである。この山村に住む子供たちは海に行くしかないのである。&lt;br/&gt;　当時は、わが国は経済成長期であり、そのエネルギーは水力発電に頼らざるを得なかった。村ももちろん村民も全面的に協力を惜しまなかったのである。&lt;br/&gt;　さて、あれから四十年も経た今日は、物質主義優先のひずみが大きな社会問題となり、ようやく心の時代へとその一歩を踏み始めたのである。当然、われわれも自分の住む所を見直したのである。かつては山紫水明が誇りであった村が山の奥まで開発されて、気付いたら川に水がない非常に寂しい村となっていたのである。&lt;br/&gt;　「川に水を流してほしい」という同志が期せずして集まった。われわれは会をつくって、早速電力会社や県当局に「水を流してほしい」とお願いした。&lt;br/&gt;電力会社は、「毎年電力の需要に追いつけないくらいだ、とても水を分けてやる余裕はない」と言うのである。県当局も「それはなかなか難しい」と言うばかりである。われわれは素朴に思うのである。「空から降る雨はいったいだれのものだろうか？」と。　前置きが長くなりましたが、われわれは一つの提案をしたいのである。それは多目的ダムの水位調節のことである。私どもは七月とか八月にダムに行きますと必ずダムの貯水量が極端に少なく、ダムの一部では底さえ見せているのである。たしか去年五月来た時は雪解け水をためて、満水の状態だったのである。それがあっと言う間に水位が十bも十五bも下がったのである。なぜだろうか。それは大量の水をどんどん放水した結果なのである。これを水位調節と言うのである。大切な水をなぜ大量に無駄に放水したのだろうか。答えは簡単である。&lt;br/&gt;　大洪水に備えてダムを空にしたとのこと。空のダムに水をためて洪水の被害を止めようという策である。考え方として立派なことかもしれない。しかし、ここで考えてみなければならない。七月や八月に大洪水などここ何十年ないのである。記録によれば昭和二十四年のキティ台風のみである。統計的にも六十年に一回ぐらいと言われている。&lt;br/&gt;　まして、現代は地球の上から気象状況を細かく見ている時代である。台風発生など三十分後に情報として入ってくるという。このような時代に二、三カ月前からダムを空にする必要はないのである。大量の水を無駄に流す必要はないのである。われわれはこのような「水位調節」を考え直したら、と提案したいのである。&lt;br/&gt;　このことは何年も前から、水の研究の権威である元山形大学教授桑原英夫先生が盛んに発言されている。三カ月前からダムを空にするなどという発想は、台風がなんであるかも分からず、「大あらし」が来たと叫んだ昭和の初めの発想と言われているのである。&lt;br/&gt;　どうかこのダムの水位調節ということを真剣に検討して、この大量の流水を止めていただきたいと思う。このことによって夏場の渇水期も乗り切れるし、われわれの村の川にも水を流す余裕が生まれてくると思う。&lt;br/&gt;　　　　　　（朝日村在住）</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／概論" サブタイトル="ダム建設の見直し提言／ＩＵＣＮが報告書／世界の湿地、今世紀半減" 文献="1" 人物="2000年3月" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="27" リンク名="山形新聞夕刊20000318" リンク="" コメント="報告書は「ダムなどの大規模な構造物の建設が生物絶滅の主因だ」と分析" ジャンプ="eco_kasen">＜世界中の湿地の五〇％が消え、淡水魚の三五％が絶滅の危機に陥るなど、今世紀の水資源の大量利用などで淡水域の生態系が大きな打撃を受けたとする報告書を、国際自然保護連合（lUCN）がまとめた。オランダのハーグで十七日から始まった「世界水フォーラム」で十九日に発表する。＞&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　IUCNは「人口の急増が予想される来世紀に向け、淡水域の生態系とのかかわり方を抜本的に変える必要がある」と指摘。大規模なダム開発の見直しや、生態系に配慮した水利用技術の確立などを提言した。&lt;br/&gt;　報告書によると、フランスでは一九〇〇年から九三年までに湿地の六七％が、米国では七〇年から八五年までの間に五四％が消失。世界全体では一九〇〇年から九八年までに約五〇％の湿地が失われた。&lt;br/&gt;　埋め立てや農地への転用が直接の原因だが、かんがい目的で地下水を大量にくみ上げた結果、地下水位が低くなったり、海水が浸入したことも原因という。&lt;br/&gt;　淡水域の生物種の減少も深刻で、世界の淡水魚の二○−三五％に絶滅の危機が追っており、一九八〇年代の十年間で五十三種もの淡水魚が絶滅した。漁業を通じて淡水の生態系に依存している人々の生活も脅かされている。&lt;br/&gt;　報告書は「ダムなどの大規模な構造物の建設が生物絶滅の主因だ」と分析。来世紀に向け、効率的なかんがい技術を開発して水の利用量を減らすこと、工場や農業からの排水の削減対策の強化などを提言した。&lt;br/&gt;　また、フランスで既存のダムの取り壊しが進んでいることを例に挙げて、自然の保水力を利用した貯水方法の重要性を強調。大規模なダム開発政策を見直すよう各国に求めた。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　国際自然保護連合(IUCN）&lt;br/&gt;　自然保護に関する調査研究や自然保護プロジェクトの実施、各国政府への助言などを行う環境保護のための国際組織で、一九四八年の設立。本部はスイス。日本をはじめ七十六カ国が国として加盟。このほか政府機関百十一、非政府組織（NGO）約七百三十などが加盟。活動には世界各国の一万人以上の科学者が参加している。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／概論" サブタイトル="出口なきパクムン・ダム問題／広がる住民運動を政府は無視／首相府前ではハンガーストライキ" 文献="1" 人物="2000年8月" 年月日="2006/08/24(Thu)" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="28" リンク名="http://bangkokshuho.com/articles/917/sogou1.htm" リンク="" コメント="バンコク週報2000年8月11日" ジャンプ="eco_kasen">　七月十七日午後九時ごろ、パクムン・ダム問題の解決等を訴える貧民フォーラムのメンバーが首相府に突入した。しかし、政府はそのうち二百二十五人を逮捕、多数のけが人を出した。同ダムを巡っては反対運動が十年以上も続いており、住民が政府の開発政策に屈しない例として注目を集めている。政府は住民組織である貧民フォーラムが海外からの資金で運営されている、特定の政党に操られている、といった批判を展開し、住民の訴えるダムや土地の問題に積極的に対応する気配を見せない。住民は政府が問題解決を約束するまで首相府前に留まる、として対決姿勢を強めている。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　同フォーラムの要求は、政府が先月設置した、「貧民フォーラムの十六の問題を審議する中立委員会」が出した勧告を閣議で検討、実行させることにあった。そのため住民は、七月十二日からバンコクに上京、首相府前でテントを張り座り込みを続け政府に迅速な対応を求めていた。十七日に逮捕された住民二百二十五名の中には一歳の子供を含まれており緊張が高まったが、政府は数日で彼らを釈放し、「人権侵害」という非難の声が上がることを押さえた。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　しかし、老人や子供が多い貧民フォーラムの住民に警官隊が警棒でケガを負わせるなどしたため、一部新聞などの報道では、チュアン首相を「独裁者」と非難する論調も目立ち、一九九二年の五月流血事件の後に民主的な「天使の党」側として登場した同政権のイメージは地に落ちた格好だ。貧民フォーラム相談役のチャイヤパン氏は、今回の逮捕劇は死亡者が出ていないものの、九二年の流血事件「プルッサパー・タミン」と同質のものであるとして「ガラカダー・タミン（七月の虐殺）」と呼び強く非難している。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;ハンスト始まる &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　貧民フォーラムは逮捕の後、政府の強硬姿勢に抗議し、「操られた住民運動ではない」と世論に訴えるため、ボランティアを募り二十七日からハンガーストライキを開始した。初日には、五月流血事件に抗議してハンストを続けたことで知られるチャラート氏が「ハンスト家」の立場としてデモ隊を慰問、ハンスト・ボランティアに断食の心得を説いた。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　フォーラムの提示した十六の問題は、政府によって設置された中立委員会で審議され、住民の要求をかなり汲んだ内容の勧告が発表された。住民はこれを政府が閣議で検討し、実行することを求めている。しかし、チュアン首相はこれに対し「政府は法の範囲でしか行動できない」と発言、ハンストが政府を動かすことはなく、無駄なのでやめるべきだ、とメディアのインタビューに答え、住民の反発を買っている。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　貧民フォーラムの運動には、海外から多くの共感が寄せられている。日本のＮＧＯ・市民は連名で、チュアン首相宛に十七日のデモ隊への暴力に遺憾の意を表明。参議院議員の中村敦夫氏や福島瑞穂氏らも、人権問題であるとして同様の書簡を送っている。アメリカでは、ワシントンＤＣのタイ大使館前で抗議のハンストが行われ、首相宛に学者や世界各国のＮＧＯの連名で抗議文が送られた。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　現在、ウボンラチャタニー県は洪水で、パクムン・ダムは水門を開いて放水を続けている。このため、ダムができてから見られなくなった魚が、ムーン川に帰ってきているという。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;反ＮＧＯキャンペーン &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　これに対し、アカポーン首相府報道官は、アメリカでのキャンペーンを行っているＮＧＯ、国際河川ネットワーク（ＩＲＮ）に対し、「貧民フォーラムの抗議を陰で操っているとしか思えない」、と名指しで非難した。アカポーン氏は「デモのなかには必ず英語の横断幕がある。これは、海外のダムを破壊したい団体が資金提供を行っているため報告の必要があるからだ。住民は利用されている」とインタビューに答えた。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　また、ＩＲＮのホームページに、パクムンの住民のインタビューなどがのっているのは、海外に情報を売っているタイの団体がある為で、タイのイメージを損なっていると非難した。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　これに対し、ＩＲＮと連携してパクムン問題に取り組むタイのＮＧＯ、東南アジア河川ネットワーク（ＳＥＡＲＩＮ）は二十九日付けでプレスリリースを発行、世界が関心を持つのは、パクムン・ダムが世界銀行の融資で建設されたためだと説明している。先進国の市民は税金を納め世界銀行を支えており、世界銀行のプロジェクトが問題を起こせば、それに対して抗議する資格があり、内政干渉ではないとアカポーン氏に反論した。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　しかし、三十一日付けのバンコクポスト紙の報道によれば、政府は住民リーダーの銀行口座に海外からの送金がないか、捜査を始めているという。政府にとって、住民は自主的に反抗するものではなく、抗議活動があるときは必ず背後に操るグループがいる、という。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　これに対して貧民フォーラムに参加している住民の一人、プラニー・ノンチャンさんは「私たちは誰からもお金をもらっていません。リーダーという人もおらず、ただ村の皆の代理としてここにいるのです。今回の私たちの抗議行動は、十六カ月も続いています。一体誰が、これだけの人たちをそれほど長い間、雇っておけるのでしょう。それに、首相府前の生活は、雨に打たれ蚊に刺され続ける困難なものです。本当に困っている人でなければ、こんな大変な事をしません」と言う。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　住民の願いは、漁業や農業のできる元の生活を取り戻すことだけなのだ、とプラニーさんは話すが、政府の対応は厳しい。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　住民の罪状を決定するための警察署への出頭期限は、最近、一カ月延長された。世間の関心が薄れた時期を狙って、住民を逮捕する可能性もあると見られる。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;反チュアン運動への波及 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　同グループには最近、チュアン首相の退陣を訴える民主化グループも支援を表明している。国会解散を求めるグループは、パクムーン住民への暴力事件をきっかけに、チュアン政権を非民主的と印象付けたい思惑があるようだ。　また、政府の推し進める市場の自由化、公社の民営化などに労働組合も神経をとがらせており、二十九日から三十日にかけて行われたＮＧＯ・民主化グループ主催の国会解散を求める集会では「海外資本家に国を売るチュアン」、「バーツにダメージを与え金融危機を招いたジョージ・ソロスと会食をした首相」とチュアン氏個人を攻撃する演説が目立った。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　この流れに連動するかのように、民主党のおひざもと、南タイでも大きな住民運動が起こっている。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　マレーシアとのガスパイプライン敷設問題で開かれた公聴会が、反対派住民が会場に押しかけ大混乱のすえ中止になった。開発問題だけではなく、農産物の価格低下などにより、各地で住民と政府の間で軋轢がおきている。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　経済危機の痛みは、まだ社会の底辺を形成する人々を苦しめているが、状況改善の兆しは見られない。貧民フォーラムはタイ社会へ向けた書簡の中で、「ピラミッド（のような階層社会）の底辺を支える貧民を支えなければ、ピラミッドは頂上もろとも崩れる」として、社会全体に問題への理解を求めている。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／概論" サブタイトル="いつまで温存「水資源開発公団」は不要だ" 文献="1" 人物="2001年6月" 年月日="2006/08/24(Thu)" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="28" リンク名="２００１年６月１４日号，，，週刊新潮　桜井よし子告発シリーズ第６回" リンク="" コメント="桜井よし子告発シリーズ" ジャンプ="eco_kasen">虚構だらけの事業計画／まずダム建設ありき／自然の力に任せよ&lt;br/&gt;＜ダムは本当に必要なのか。巨額の資金を投入し、自然を破壊してまで建設される巨大ダムに、国民は根源的な疑問を抱いている。高度成長期に誕生した水資源開発公団は、これまで4兆4600億円もの天文学的資金で全国に39ものダムや堰を作った。しかし少数の例外を除けば、その存在意義には疑問符がつく。ジャーナリスト・桜井よし子氏が国民の犠牲の上に官僚が構築した”水支配”の欺瞞を暴露する。＞&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　この国で殺ぎ取られているのは、経済的活力や人的才能だけではない。大自然の活力や生命力さえもが誤った政策によって削り取られている。&lt;br/&gt;　瑞穂の国の豊かな水の流れは、日本全国の河川に作られた2700を超えるダムによって切断され、ダムの段々畑のようになった川からは、逞しくも神秘的な魚類の遡上が減少していった。ダムの淀みにはプランクトンが増え、清流の輝きをくすませていった。&lt;br/&gt;　かつては美しく、豊かで、美味だった水が、気がついてみると、私たちの手元から離れ変質してしまっている。身近で触れることの出来た水が、今や、コンクリートや異様な堰で、遠く私たちから隔てられている。山々と平地と海とをつないでいた水量豊かな川が、今や水涸れし、命の循環の輪が分断されている。&lt;br/&gt;　全国で起きているダム建設反対運動は、決して一部の過激な市民運動の結果ではなく、多くの国民が、私たちの生活を取り巻く水のおかしさに気付いた結果である。国民の多くが、高速道絡の建設はもはや不必要と答えたように、これ以上のダム建設も不必要である事を感じ取っているのだ。&lt;br/&gt;　それはかつての日本人が身につけていた水への理解を現代日本人が再び取り戻しつつあることではないだろうか。&lt;br/&gt;　新潟大学工学部教授で河川工学専門の大熊孝氏が語る。「大昔から日本人の自然に対する理解は、現代日本人が考える以上に深かったと思います。ヨーロッパでは、ダ・ヴインチでさえ、海水が地下の水脈を通って山頂に登り、川となって降りてくると考えていました。雨が循環しているのではないかとうすうす考えていたと思われる記述もあるのですが、はっきりとは分かつていなかった。しかし、日本人はそんなことは当然のこととして理解していました。山と川と海がつながっていることを識っていたからこそ、山中の川の側の祠にサンゴと鮑がお供えしてあったりするのです。自然に村する理解が、自然への謙虚さとして表現されていたのです」&lt;br/&gt;　この謙虚さを失って久しい日本。特殊法人・水資源開発公団も例外ではない。彼らはまだまだ、ダム建設を続ける構えだ。同公団は39年前の1962年に設立された。右肩上がりの高度経済成長期に入っていく時期での誕生は、その性格に、時代の価値観を反映させていた。&lt;br/&gt;　同公団の役割は利根川、荒川、豊川、木曽川、淀川、吉野川、筑後川の7水系で長期的総合的に水資源を開発することだ。重厚長大型産業を支える水資源の需要に応えるのが目的だ。公団が手がける49事業の内、すでに26のダムを完成させ、現在、10事業が、建設中或いは調査中である。&lt;br/&gt;　所管官庁は、他の特殊法人とは異なり、旧建設省、旧厚生省、旧農水省、旧通産省など、複数の省にまたがる。旧建設省（現国土交通省）の竹村公太郎河川局長が説明した。&lt;br/&gt;「日本は低地に工業地帯を作った国です。国土面積の10％が洪水が氾濫する区域で、この10％の地域に人口の50％、資産の75％が集中しました。明治29年の旧河川法は治水が大きな目的でした。昭和40年に新河川法を施行、利水の考え方を反映させました。平成9年には新河川法を改定し河川環境の整備と保全を組み込みました」&lt;br/&gt;　河川法に盛り込まれていく″新しい価値観″は、歓迎すべきものだ。しかし、付加される価値観に比例して国土交通省は新たな事業を考え出し、その執行機関としての水資源開発公団にも、新しい役割が付加されていくことは妥当なのか。事業が際限なく続行していくこと自体、事業の必要性から離れて組織の自己増殖と生き残りの罠に陥っていないか。&lt;br/&gt;　治水、利水は水資源開発公団が設立された当時の価値観から離れて、今、根本から見直すべきだ。見直しの起点は、特殊法人・水資源公団の役割は終わったという点である。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;虚構だらけの事業計画&lt;br/&gt;　公団の2001年度事業計画には、烈しい反対運動にも拘わらず、昨年起工式が行われた木曽川水系の徳山ダムをはじめ約3400億円分の事業計画が並んでいる。利根川水系の思川開発もその一つだ。&lt;br/&gt;　同事業は、32年前の1969年に計画された。栃木県中禅寺湖から出ている大谷川から取水し、トンネルで引っ張って下流に流し、水道、工業、農業用水に充てる計画だ。&lt;br/&gt;　同時に、地元の今市市と鹿沼市を走る他の3本の川、行川、大芦川、南摩川と大谷川を導水路で結び、両端に南摩ダムなど2つのダムを作る。総額2520億円の壮大な計画で99年度までに約209億円が投下されてきた。&lt;br/&gt;　だが、計画は進まず、昨年与党3党が計画の見直しを求めた。折りしも地元では昨年11月の知事選挙で思川開発の見直しを公約にした福田昭夫知事が当選、計画はこれで中止と思われたが、今年5月、新知事がダム建設に規模を締小して参画すると表明、水資源公団が現在、調整中だ。&lt;br/&gt;　公凶の企画部計画課、稲田修一課長が説明した。&lt;br/&gt;「当初の計画では水道用水、工業用水、農業用水合わせて毎秒7．1トンの開発予定でした。しかし、大谷川からの分水をやめ、栃木県は工業用水と農業用水は不要で、水道用水のみ毎秒1トン強を確保したいということです。それを含めて現在、下流県の水需要を調整中です」&lt;br/&gt;　ダム開発は、建設省など所管官庁が計画を作り水資源公団に実行させるが、治水目的だけのダムや堰は全額、国の負担となる。水道水や工業用水を含めた利水の場合は、水を分けてもらう地元自治体も財政負担する。&lt;br/&gt;　公団に支払う水料金は当然、利用する水量によって異なる。では水利権はどのようにして決まるのか。三重県の企画調整部長として、長良川河口堰問題に長年取り組んだ竹内源一氏が語る。&lt;br/&gt;　「あの河口堰は1960年の所得倍増計画の頃に発案され、68年に国と愛知県、三重県、岐阜県の間で水の配分を決めました。私のところの三重県は四日市石油コンビナートを抱えて伊勢湾臨海部の開発に期待していましたから、総量毎秒20・5トン、半分の水利椎を主張しました」&lt;br/&gt;　だが、河口堰は1985年の完成予定が、遅々として進まなかった。&lt;br/&gt;「1989年、私は県の三役らから水の需給計画の見直しを命じられました。県は、半分の水利権を主張したけれど時代は変わり、水の需要の頭打ちを心配していたのです。不要な水を買っても、ユーザーがいなければ、税金を伊勢湾に流すのと同じですから」&lt;br/&gt;　竹内部長は愛知県に相談した。同県にも新たな水需要は無く、三重県同様長良川河口堰の着工を延期すべしとの考えだった。岐阜県のみ、治水上の観点から河口堰が欲しいとの立場だった。竹内氏は所管官庁の通産省、厚生省、建設省などを回って水余りを訴えた。&lt;br/&gt;　結論からいえば一旦、決定した計画に異を唱える地方自治体の声は、中央省庁の前では極めて無力だということだ。中央省庁側は「それでは三重は長良の水はいらないということですね」「河口堰関連の三重の補助金はつけない」などと言った。&lt;br/&gt;　三重県の声は、結局聞き届けてもらえなかった。竹内氏が振り返る。&lt;br/&gt;　「知事が頭を下げて各省を回ることになり、建設省では河川局長に会いました。同席した計画課長は″工事は進めましょう″と、とにかく建設するという失礼な口調でした」&lt;br/&gt;　結局、三重県が望む負担軽減措置の実現は、副知事に建設省からの天下りを受け人れた後だった。&lt;br/&gt;　公団のダム建設は、フルプランと呼ばれる水資源開発基本計画によって行われる。フルプランをつくるには水需要予測が必要だ。特殊法人問題に詳しい、民主党の石井紘基議員が語った。&lt;br/&gt;「長良川河口堰に関して建設省が各省庁に水需要について問い合わせた93年の内部資料があります。それを見ると通産省は工業用水は供給力過多と明記しています」&lt;br/&gt;　これ以上の水は不要と言ったのは、三重県だけではなく、通産省も同じ主張だったのだ。石井議員の手元の内部資料には、工業用水として確保したはずの水を上水用に転用しておきながら、それでも需給バランスのとれないフルプランは「妥当なものとは言い難い」と書かれている。&lt;br/&gt;　身内のような通産省からさえも批判されたフルプラン、それに基づくダム建設が、虚構の水需要の上に成り立ってきたことは、もうひとつの資料からも見て取れる。&lt;br/&gt;　93年に木曽川水系のフルプランが改定され、計画目標の2000年を超える水需要予測が行われた。その中で2005年には毎秒94・6トン、2010年には106・7トンの需要と推測されていた。&lt;br/&gt;　だが、木曽川水系の長良川河口堰とその他のダムの2000年時点での水供給量は毎秒95トン、対する需要予測は83トンだった。&lt;br/&gt;　2005年、2010年までに14％から29％も需要が伸びるという根拠は示されておらず、右の長期予測は外部には「非公開」とされたうえで関係省庁のみに示され、今、問題となっている木曽川水系の徳山ダムにゴーサインを出すための資料として使われた。このフルプランで派生する事業費は1兆円規模と見られている。&lt;br/&gt;　当初、水産庁はこの件について需要のないダムは無駄だと反対したと報じられた。だが、結局、このフルプランを了承した。通産省も長良川河口堰に関して″供給力過多”と内々で批判しながら、河口堰にゴーサインを出した。&lt;br/&gt;　民主主義国では当然のチェック機能が欠落しているため、官僚の好き勝手が通用するのだ。こうして不要なダムが作られていく。事実、完成した長良川河口堰は、工業用水14・8トン、水道水7・7トン、計毎秒22・5トンの取水が可能なのに、利用されているのは上水のみ計2・4トンである。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;まずダム建設ありき&lt;br/&gt;　現在全国で進行中のダム100カ所の内、10ヵ所を公団が手掛けている。新たなダムの必要性として、竹村局長は大渇水の危険を挙げた。&lt;br/&gt;「94年の大潟水の時、木曽大堰から下流は毎秒1トンの漏水のような流量しか無かったのです。つい先日、気象庁が100年後の気温分布を発表しました。3・5度から5・5度上がり、東京は南西諸島の暑さ、北海道は現在の関東の暑さになると書いています。各地の積雪も消滅します」&lt;br/&gt;　積雪は時間差を置いたダムだから、これが無くなることを過小評価してはならないと言うのだ。&lt;br/&gt;　水資源開発問題全国連絡会の嶋津暉之氏が反論した。&lt;br/&gt;「渇水時、ダムは現実には余り役に立っていないのです。94年の渇水は、とくに西日本で記録的でした。そこで木曽川流域のデータを分析しますと、ダムからの補給水も含めて、木曽川水系全体で生み出された水量は平均で毎秒120トン。他方、三つのダムから補給された水量は20トン程です。つまり全体の6分の1しか役立っていない。ダムが空っぽになっても、川の水が途絶えないのは、森林が川の水を養ってくれるからです。必要な事はダム建設ではなく、広葉樹林を中心とした森林の整備なのです」&lt;br/&gt;　竹村局長とは真っ向から対立する。嶋津氏は更に語った。&lt;br/&gt;「森の生み出す水量を、いかに賢く活用するかで大渇水も乗り切れます。例えば木曽川水系の全取水量の7割が農業用水で、2割が水道水、残り1割が工業用水です。94年に愛知県知多半島で水道の１９時間断水が始まった時、農業用水側が自主的に節水を強化して、水道水に水を振り分けたのです。これで断水は直ちに解除されました。賢い水のやり繰りで、大渇水も乗り切ることは可能だという具体例です。愛知県は後で、農業組合側に水代金5000万円を払いましたが、ダム建設費負担金の数百億円に較べればわずかな金額です」&lt;br/&gt;　嶋津氏は、国土交通省も公団も、ダム建設を続ける新たな理由を考えたのだと指摘する。これまで10年で2〜3回起きる通常の渇水を想定して計画してきたのを、もっと厳しい10年に1回しかないような渇水対策として新たなダム建設が必要だと言い始めたという。&lt;br/&gt;「国土交通省は、1995年の都市用水の需要を1日平均で8310万トン、2015年にはこれが8950万トンになると予測しています。この予測では、10年に2〜3回は起きる渇水の場合、現在の保有水源のままでも不足する水は120万トン程で、節水で容易に埋め合わせのきく量です。&lt;br/&gt;　ところが彼らは10年に1回の渇水まで考えると言い始めました。その場合、10年に1回の渇水が起きれば、2015年には約1130万トンの水量不足という数字を出し、この不足分をカバーするために、新たなダム建設が必要と主張、ダム建設の理由を変えたのです」&lt;br/&gt;　実は、同じ構図がダムの治水に関しても見えてくる。&lt;br/&gt;　水資源公団の稲田計画課長が説明した。&lt;br/&gt;「水資源白書に、日本の5年間の降雨量の推移が示されています。最大降雨量と最小降雨量の変動幅が広がり、極端に降る時と降らない時が多くなっています」&lt;br/&gt;　稲田課長の抱く危機意識は、竹村局長の言葉によって更に強調される。&lt;br/&gt;「日本の川は急流です。どんな雨も2泊3日で海に流れ込みます。緑のダム論は斗触りの良い話ですが、ドバッと雨が降って来た時、全てを森林が受け止めてくれる事は無いのです。ダムで水をカットしていく事が必要です」&lt;br/&gt;　大洪水の危挨性は、100年に一度の洪水などと表現される。これを竹村局長は次のように語る。&lt;br/&gt;「100年に一度の洪水というのは、100年後に一度来るというのではなく、50年に一度、丁半の確率で来るということなんです」&lt;br/&gt;　竹村氏は、なかなか口達者である。話していて憎めない面もある。右の例え話には思わず説得されてしまいそうだった。しかし、この論には陥穽がある。鴫津氏が語る。&lt;br/&gt;「例えば利根川水系で語られる洪水被害の例に、1947年のキャサリン台風があります。死者行方不明者1700名を出した同台風の洪水流量は毎秒1万7000トンと推定されました。49年の利根川改修改訂計画では、これを基準にし、上流のダムで3000トンを調節、残りは河川改修で対応することになりました。同計画は80年に再び改訂され、想定洪水流量は更に毎秒2万2000トンに引きあげられました。ダムで調節する水量は6000トンとなり、完成済み、計画中の7つのダムに加えてまた新しいダムが必要になりました。これによって、200年に1回の洪水が防げるというのです」&lt;br/&gt;　100年ではなく200年に1回の洪水に、更に″格上げ″されているのだ。&lt;br/&gt;　これまでの利根川水系の洪水被害をみると、47年のキャサリン台風の洪水流量は断トツで高い。この未曾有の被害は、戦時中に食料難を解消するため赤城山鹿が開墾され、エネルギー源としての木材も供出され、森が伐採された状態で生じたのだ。&lt;br/&gt;　堤防の整備も当時は出来ていなかった。従って、当時の洪水流量1万7000トンは、現状では発生し得ない数値だ。2万2000トンの洪水流量は更に非現実的だと、嶋津氏は指摘する。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;自然の力に任せよ&lt;br/&gt;「水資源公団のダムの特徴は、10年以内に出来るものは無いということです。20年、30年の時間がかかる。だからこそ、計画中のダムは必要か否か、議論する事が非常に大事です。しかし、新たな社会状況にあわせて修正していくことは非常に困難です。そのためのシステムが不完備だからです」&lt;br/&gt;　こう述べるのは、東洋大学教授の松浦茂樹氏だ。松浦教授は建設省のOBである。&lt;br/&gt;　一旦動き出した計画を止める仕組みが無いというのは恐ろしい話である。こんな変な仕組みで年間3400億円もの事業費を使っているのが水資源公団だ。&lt;br/&gt;　評論家の屋山太郎氏が語る。&lt;br/&gt;「世界中を見ても、国が直営でダムを作るなんて例はありません。地方自治体がまず、コンペで計画書を出させ、公開入札します。資金は国営銀行から調達する。100億円なら100億円を借りて、国債や公債で賄うのです。その上で、世界のダム業者に公開人札させるのです。最も優れた条件を出した所が仕事をして、工事が終われば全て終わり。後に何とか公団などという組織は残りません」&lt;br/&gt;　世界の現実とは対照的に、日本のダム工事は、国際価格と較べて少なくとも2割から3割は高い。長野県の田中康夫知事もコメントした。&lt;br/&gt;「巨大なダム建設で地元が潤うわけでは決してありません。多目的ダムを作れぼ総額の81％は国から．お金が出ます。ダム建設は通常、3社のJVで受注され、地元ではなく中央のゼネコン2社が主幹事副幹事となって国から出たお金をそっくりそのまま持っていきます。地元の業者は県税で負担した残り2割分を辛うじて受注するのみ。中央から出たお金は中央に還流するだけで、地元にお金が落ちるなど幻想にすぎません」&lt;br/&gt;　地元の企業も潤わないダム建設は、住民の生命・財産を守るという大義を掲げていながら、不思議な事に住民の知らないところで計画が作られて行く。&lt;br/&gt;　こんなダムに国民が反乱をおこすのも当然だ。そんな空気を行政側が認識させられたのが長良川河口堰問題である。竹村局長はこの問題が意識転換のきっかけになったと語ったが、国民を無視してのダム建設は不可能であり、ダムの必要性も、もはや薄れていると感じたからこそ、政府は97年の河川法改正で、河川環境の整備と保全を新たに盛り込んだのではないか。&lt;br/&gt;　環境への負荷の大きさについては、ダムの必要性を主張する竹村局長も認めざるを得なかった。氏はダムのもたらす負の影響は、魚が行き来できなくなることや、水質を悪化させることだと語った。&lt;br/&gt;　北海道大学教授の松永勝彦氏は、今では海の赤潮の原因がダムであることも明らかだとして山と川と海の連鎖を強調した。&lt;br/&gt;　水を完全にコントロールするという考えを、水を水本来の姿にとどめて人間が共存する姿勢に改め、欧州諸国が人工的な真っ直ぐな堤防から脱皮し、自然の蛇行を取り戻すベく改修を始めてすでに久しい。蛇行した川には流れの緩やかな淀みがあり、そこに水草が生え、苔が付き、魚たちが休み、産卵し子孫を増やして行くことが出来る。&lt;br/&gt;　ダム大国アメリカでさえも、必要なダムの建設は続けながら、不要のダムの取り壊しに取り離んでいる。日本が学ぶべきことは、アメリカではダム見直しのシステムが確立されていることだ。だからこそ経済性、環境などを考慮して、取り壊しや中止という臨機応変の対応が可能なのだ。&lt;br/&gt;　竹村局長は、日本には不要なダムは無いと説明した。だが、建設省は97年にダム18件を中止・休止し、70件の事業を凍結した。公共事業費7％削減を受けた結果だ。&lt;br/&gt;　つまり、これらはカット出来る事業だったのだ。不要なダムは無いという事ではないのだ。ならばこそ、今、ここで立ち止まり、ダムをもう一度見直すことだ。20世紀はダムを作る世紀、21世紀はダムを維持管理する世紀とも、竹村局長は述へた。&lt;br/&gt;　昨年12月の河川審議会の中間答申も洪水を人間の力で完全に防ぐことは不可能で水との共存を考えることが必要だと示唆している。遅ればせながら、明らかに日本の水政策も方向転換しつつある。&lt;br/&gt;　だからこそ、公団が手掛けている10カ所のダム建設、及び全国に建設予定の256ものダムの見直しと共に、役割を終えた水資源公団の存否を再度考えるべきだろう。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／山形県" サブタイトル="" 文献="0" 人物="＜山形県＞" 年月日="2007/09/27(Thu)22:31" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="31" リンク名="" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen"></記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／山形県／小国川" サブタイトル="" 文献="1" 人物="小国川穴あきダム" 年月日="2007/09/27(Thu)22:32" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="32" リンク名="" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen"></記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／山形県／小国川" サブタイトル="建設反対を請願、地元漁協など野党３党に" 文献="1" 人物="┗" 年月日="2007/09/27(Thu)22:33" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="33" リンク名="山形新聞2007年9月27日" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">　沼沢組合長､押切会長ら十二人が東京・永田町の議員会館を訪れ､｢ダムに拠らない治水対策｣などを求める請願書を各党の代表に提出した。(中略）舟山参議院議員は｢穴あきダムが与える環境への影響について､一層の検証が必要であり地元の合意形成のための努力も足りないのではないか｣ということを県に伝えている。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／山形県／留山川ダム" サブタイトル="" 文献="1" 人物="留山川ダム" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="29" リンク名="" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen"></記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／山形県／留山ダム" サブタイトル="「留山川ダム構想」が動き出す／洪水防止へ、年度内に県が事業説明／来年度から用地取得へ" 文献="1" 人物="┣1999年12月" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="30" リンク名="山形新聞／政治・行政19991203" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">　天童市の留山川ダム建設構想が動きだした。暴れ川として知られる押切川整備のメーン事業として支流の留山川にダムを建設しようとの考え方で、県山形建設事務所は年度内に地元住民に対して事業説明会を開催、来年度から用地取得に取り組む方針だ。&lt;br/&gt;　押切川は面白山を源として天童市北部を横断、乱川と合流して最上川に流れ出る一級河川。しかし、古くから洪水が相沢ぎ、去年九月に引き続いて今年八月にも大雨で護岸が決壊。すぐわきを通る県道天童高原山口線が長期にわたって片側通行になった。&lt;br/&gt;　これに対し、県は先に、押切川整備について流域住民に対するアンケートを展開。この結果を踏まえて河川整備計画の原案を策定した。この中では、押切川で局部改良工事を施す一方、留山川ダムを建設する必要性を盛り込み、住民などを交えた整備懇談会をこれまで二回開催している。&lt;br/&gt;　県山形建設事務所の担当者は「ダム建設の方向で地域の了承を得た段階。今後、どの程度の規模とするのか、取り付け道路は―などについて早急に決定し、地域に説明したい」としている。ダム建設予定地は県道天童高原山口線から南側に入った所。上流には砂防ダムもある。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／概論" サブタイトル="留山川ダムの工事用道路、新年度に整備着手_" 文献="1" 人物="┗2000年2月" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="31" リンク名="山形新聞20000219" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">　天童市の押切川支流に建設される留山川ダム整備に伴う工事用道路建設事業が新年度、スタートする見込みとなった。事業主体の県は二十一、二十二の両日、地元田麦野、山口、北久野本、成生の四地区で住民に説明する。&lt;br/&gt;　十八日開かれた市議会全員協議会で水戸秀一建設部長が説明した。それによると、ダム建設は洪水調整を主な目的としているが、下流域でかんがい用水として利用している点も重視し、安定した水量を確保する。さらに魚の生態系にも最大限の注意を払う意向。&lt;br/&gt;　本年度は雨量観測や水質調査、用地調査などを行っており、新年度からは工事用道路の建設、２００１年度からはダム本体の工事にはいる。完成は２００６年度の予定。去年八月には百年に一度とされる洪水が押切川を襲い、大きな被害をもたらすなど、一体はこれまでもたびたび大雨に見舞われており、押切川整備の観点からもダム建設が必要と地元住民が９４年、建設促進期成同盟を結成、県に早期整備を要請していた。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／山形県" サブタイトル="" 文献="1" 人物="長井ダム" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="32" リンク名="" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen"></記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／山形県" サブタイトル="長井ダム懇談会、地建に意見提出／環境調査など６項目／２００１年度から本体工事に入る" 文献="1" 人物="┣1999年12月" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="33" リンク名="山形新聞／政治・行政19991203" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">　長井ダム懇談会（座長・前川勝朗山形大教授）は二日、山形市のホテルメトロポリタン山形で第三回会合を開き、同ダムの建設事業に関して「動植物の環境調査を確実に実施する」など六項目の意見をまとめ、東北地方建設局長に提出した。&lt;br/&gt;　国の直轄事業として整備される長井ダムは、いよいよ来年度から、本体工事に入る。&lt;br/&gt;　懇談会は建設に当たり、建設省が地元の要望や意見を把握するため、今年九月に発足した。&lt;br/&gt;　会合ではこれまで審議してきた環境、植生保全対策や、地域経済への波及効果などについて、事務局から「吹き付け植生で原石山の環境を守る」「伐採面積の縮減により貯水池内の植生を保全する」などの補足説明があった。&lt;br/&gt;　これを受け、懇談会として最終的な「長井ダム建設事業についての意見」を集約し、東北地建局長に提出した。動植物の環境調査のほか▽濁水処理で薬剤を使う場合、野川への負荷を高めないよう留意する▽原石山の跡地処理を自然修復の面からも考慮する▽工事車両の市内通行を安全に▽常時満水位と計画洪水位間の緑化を検討する▽早期完成に努める―の計六項目からなっている。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／山形県" サブタイトル="長井ダムに水循環理念／地域経済の再生もになう／長井ダム周辺環境地域資源検討懇話会会長・二宮正一_" 文献="1" 人物="┗2000年3月" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="34" リンク名="山形新聞／提言20000325" リンク="" コメント="投稿記事を読んでみるといい事尽くめで…" ジャンプ="eco_kasen">（記事なし）</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／山形県" サブタイトル="" 文献="1" 人物="月山ダム" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="35" リンク名="" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen"></記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／山形県" サブタイトル="２０００年度予算大蔵原案／月山ダム満額確保／庄内広域水道２００１年度給水へ弾み" 文献="1" 人物="┣1999年12月" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="36" リンク名="山形新聞夕刊19991220" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">　二〇〇〇年度予算の大蔵原案で、県関係事業は給水開始を間近に控えた月山ダム（朝日村）など国直轄ダム三カ所、県が事業主体の補助ダム三カ所、国営かんがい排水事業五地区で、それぞれほぼ要求通りの事業費が確保される見通しとなった。直轄ダムはいずれも満額を確保した。&lt;br/&gt;　第九次治水事業七カ年計画に基いた直轄ダムのうち、最も事業が進展している月山ダムは、要求通りの三十億円（利水者負担金などを含む）が認められた。管理設備、貯水池周辺の整備が計画通りに進む見込みで、庄内南部一市六町一村を対象とする庄内広域水道（南部）の二〇〇一年度の給水開始、さらに二〇〇二年度の完成に向け大きく弾みがついた。&lt;br/&gt;　ほかの直轄ダムは、来年三月に本体工事を発注する予定の長井ダム（長井市）に六十億円が計上され、本年度の当初予算額三十一億五千万円からほぼ倍増した。付け替え道路の整備を進める横川ダム（小国町）は、二十八億円の事業費が認められた。&lt;br/&gt;　補助ダムの田沢川ダム（平田町）、綱木川ダム（米沢市）、最上小国川ダム（最上町）の建設三事業は、計四十三億円の要求に対し、三十九億円がついた。&lt;br/&gt;　国営かんがい排水事業は新規二地区、継続三地区。新規の白川地区（長井市、川西町、飯豊町）は要求通りの一億円が確保される見込みで、一九八七（昭和六十二）年度に完了した一期事業で整備し、老朽化している白川ダムの取水塔管理施設と三カ所の頭首工を補修する。&lt;br/&gt;　同じく新規の米沢平野二期地区（米沢市、南陽市、高畠町、川西町）は八二（昭和五十七）年度までの国営事業で整備した土地改良施設の改修事業化に向け、調査を開始する。事業費は七千万円の要求に対し五千万円だった。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／山形県" サブタイトル="周辺整備概要まとまる／豊かな自然を交流に生かす／検討委、７ヶ所に植樹や広場" 文献="1" 人物="┗2000年4月" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="37" リンク名="山形新聞／政治･行政2000年4月8日" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">＜朝日村の赤川の支流・梵字（ぼんじ）川に建設が進められている月山ダムの周辺整備事業の概要がまとまった。骨材プラントや原石を掘削した場所など七カ所に、ブナやナラの在来種を植樹し、流域の住民が周囲の自然を通して交流できる広揚を作るなど、ダム周辺の豊かな自然との調和を重視した内容。今後、事業主体となる建設省月山ダム工事事務所と施設の維持管理を担当する朝日村が内容を詰め、五月ごろまでに事業計画を決定する。&lt;br/&gt;　月山ダムは国直轄事業として一九八一（昭和五十六）年から建設に入り、本体工事は八八年にスタート。本年度は十月に、試験湛（たん）水に取り掛かる。完成は二〇〇二年度を予定している。&lt;br/&gt;　周辺整備事業の策定作業は九六年に着手。有識者や流域自治体の関係者らによる月山ダム周辺整備検討委員会（委員長・前川勝郎山大農学部教授）が基本方針を協議してきた。併せて、ダム周辺をレクリエーション施設として活用していくため地元住民のアイデアを聞く懇談会を開催、幅広く意見を集めてきた。&lt;br/&gt;　こうした内容をたたき台に月山工事事務所が概要をまとめた。@自然との調和　A維持、管理を担当する地元自治体の負担軽減　の二点を重視。整備するエリアについては、▽くわだい広場▽ダム管理庁舎▽堤体左岸周辺▽中の平地区▽田代沢地区▽原石山跡地▽骨材プラント跡地−の七カ所を候補地に挙げた。&lt;br/&gt;　選んだ場所は、ダム湖面へのアプローチポイントとして新たに整備する中の平地区を除き、工事で使う材料を製造したプラントなどの跡地。樹木の伐採などで山肌がむき出しになっているため、ブナやナラなどの在来種のほか、オオヤマザクラを植栽し、緑あふれる景観づくりを目指す。&lt;br/&gt;　同工事事務所は「近くにある湯殿山スキー場や道の駅月山など、既存の施設と互いに連携を取り合い、ダム周辺を新たな観光スポットとして定着させたい」と話している。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／山形県" サブタイトル="" 文献="1" 人物="砂防ダム" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="37" リンク名="" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen"></記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／山形県" サブタイトル="サクラマス、カムバック／魚道の整備や砂防ダム撤去／民間３団体、県に要望" 文献="1" 人物="┗2000年2月" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="38" リンク名="山形新聞／政治・行政20000215" リンク="" コメント="ダムに堆積した土砂は水質を悪化させ産卵床への砂利補給を阻害" ジャンプ="eco_kasen">　赤川の環境が悪化し、県の魚サクマラスの生息環境が脅かされているとして、流域の民間三団体が十四日、県に対し、赤川にそ上する個体が増えるよう魚道の整備や砂防ダムの撤去を求める要望書を提出した。&lt;br/&gt;県側は関係部署が協議し、何らかの対策を検討することを確約した。&lt;br/&gt;　要望書を提出したのは、鶴岡淡水魚夢童の会（岡部夏雄会長）、ふる里の小川を甦（よみがえ）らせる会（村上龍男会長）、大鳥川をよみがえらせる会（難波次郎会長）の三団体。&lt;br/&gt;　県文化環境部に提出した要望書は、▽大鳥川、八久和川の本流と支流には多くのダムがあり産卵場への道を閉鎖している▽ダムに堆積した土砂は水質を悪化させ産卵床への砂利補給を阻害している▽（下流域の土砂除去や護岸工事の影響で）サクラマスが滞在するふちが激減している―と指摘した。&lt;br/&gt;　さらに、サクラマスの回帰率を高めるため、▽熊出頭首工の改造（少ない流量でサクラマスがそ上できるような魚道整備）▽砂川発電用堰堤と早田川発電用取水ゲートからの常時放水▽砂防ダムの撤去か魚道整備▽荒沢、八久和、月山各ダムの水位調整の改善と放水量増加―などを求めた。&lt;br/&gt;　対応した武田浩一文化環境部長は「土木部、農林水産部、企業局が関係しており、要望を基によく話し合ってみたい」と述べた。&lt;br/&gt;　鶴岡淡水魚夢童の会によると、一九五五−八五（昭和三十−六十）年ごろまでは、赤川で一年間に四、五千匹のサクラマスが捕獲されたが、近年は百−三百匹に激減している。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／概論" サブタイトル="＜足羽川ダム審＞／委員長が建設容認の私案を発表" 文献="0" 人物="＜福井県＞1997年7月" 年月日="2007/09/27(Thu)22:28" 連続="" 画像="" 横サイズ="5" 移動="45" リンク名="毎日新聞サイバー編集局／環境のページ　臺宏士（文）19970704_" リンク="" コメント="このダムは計画が進んでいるのか調べてみよう" ジャンプ="eco_kasen"> 福井県美山町で建設省が計画している足羽川ダムの建設の是非を検討してきた足羽川ダム建設事業審議委員会委員長の市橋保・県経済団体連合会会長は3日、「足羽川にダム建設は必要である」との「委員長私案」をまとめ同日開かれた第10回同審議委員会に示した。委員長私案ではダムの大きさの縮小可能性についての検討を建設省に対して求めているが事実上、足羽川ダムの建設にお墨付きを与えた内容となっている。審議委員会では、この私案をたたき台に最終答申をまとめるとしているが、委員長私案が覆る可能性は低いとみられている。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt; 市橋委員長が4日示した「私案」では、足羽川ダム建設について「足羽川にダムは必要である」と建設を容認。&lt;br/&gt;その根拠として「治水、利水（水道用水、工業用水、農業用水）、環境（河川美化）」を上げている。更に建設に当たっては、事業者の建設省に対してダム建設地点の再検討や池田町などの上流に小さな複数のダムを分散させて建設することの可能性やダムの規模の縮小可能性の検討を提言。また、約220戸の水没世帯への代替地などの補償や地域対策へとしての観光開発の振興を求めている。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt; 今回の委員長私案では地域への投資効果や治水や利水など総事業費1500億円をかけて建設する必要性を具体的な数字で裏付ける記述がなく、抽象的な表現が多く、「私案には説得力がない」との指摘も出ている。福井市民などでつくる「足羽川の清流を愛する会」は「委員長は私案は予想していた通りの内容だ。ダム建設は認めるわけにはいかない。共有地のトラスト運動を広げていきたい」と、広く世論に反対の声を訴えていく方針だ。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;■市橋保委員長が示した私案は次の通り（抜粋） &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;足羽川ダム建設事業について（答申）【私案】 注・○は空欄 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt; 本審議委員会は平成7年9月22日に第1回審議委員会を開催し、以来、平成○年○月○日まで、審議委員会・現地調査・意見を聴く会・勉強会を重ね、足羽川ダム建設事業の目的、内容等について審議してきた。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt; 審議経過、審議結果は以下のとおりである。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;1 審議の経緯（略） &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;2 審議結果 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt; 審議の結果、審議委員会として次のように意見を申し述べる。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt; 足羽川の治水、利水（水道用水、工業用水、農業用水）、環境（河川美化）を考慮すれば、足羽川にダム建設は必要である。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt; しかし、現行の足羽川ダム計画では約220戸（事業者側資料）が水没を強いられ、水没世帯の人々の生活基盤や地域に与える影響は甚大であることを考慮すれば、事業者は下記事項について特段の配慮が必要である。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;（1）ダム建設による水没世帯が極力少なくなるよう事業者は最善の努力をすべきである。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt; なお、その具体的な手法としては、例えば以下の事項などについてさらに検討すべきである。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;1)最新の土木技術・ダム技術の進歩を考慮して、ダム建設がより上流の水没世帯が極力少なくなるような地点で可能かどうか。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;2)場合によっては、上流に規模を縮小したダムを複数建設することも可能かどうか。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;3)治水面では、河川改修も併せて実施することにより、ダムの規模の縮小が可能かどうか。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;（2）やむを得ず水没世帯が生じる場合は、事業者と受益者が、納得のいく代替地の提供など十二分な補償策を講ずるべきである。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;（3）故郷をダムに提供した住民に応えるため、ダムを起爆剤として、美山・池田両町周辺から大野（宝慶寺等）にわたる広域観光開発を協力に実施し、地域振興を図るべきである。 </記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／滋賀県" サブタイトル="永源寺第２ダム、ダム計画は違法確定" 文献="0" 人物="＜滋賀県＞1997年10月" 年月日="2007/10/14(Sun)09:10" 連続="" 画像="" 横サイズ="5" 移動="46" リンク名="山形新聞2007年10月12日" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">　滋賀県東近江市(旧永源寺町）に農水省が計画している｢永源寺第二ダム｣をめぐり事業の適法性が争われた訴訟で､最高裁第一小法廷は11日､国の上告を受理しない決定をした。(中略）&lt;br/&gt;　ダム事業をめぐり､国敗訴が確定した訴訟には､熊本県の｢川辺川利水訴訟｣のケースがある。(中略）計画は事実上白紙に戻される事になった。&lt;br/&gt;　高裁判決によると､農水省は1994年､灌漑用水不足に対処する土地改良事業として､ボーリングによる建設予定地の地質調査などをしないまま､同ダムの建設を決定した。&lt;br/&gt;　反対住民らは｢事業は不必要で､環境破壊につながる｣として計画に異議を申し立てたが､農相に棄却されたために提訴。(後略)</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／概論" サブタイトル="細川内ダム計画／木頭村議委員長が　「ダム審参加、年内はない」" 文献="0" 人物="＜徳島県＞_1997年7月" 年月日="2007/09/27(Thu)22:27" 連続="" 画像="" 横サイズ="5" 移動="43" リンク名="毎日新聞サイバー編集局／環境のページ　臺宏士（文）19970705" リンク="" コメント="計画見直しを検討するダム審議委員会への参加問題" ジャンプ="eco_kasen"> 建設省の細川内ダム計画（徳島県）に反対している木頭村議の田村好・ダム対策特別副委員長は5日、東京都内で開かれたセミナーであいさつし、同省や県が求めている計画見直しを検討するダム審議委員会への参加問題について、「亀井大臣が（ダム計画を白紙撤回と）言ったからといってすぐに入るということにはならないのではないか」などと述べ、ただちに参加することはないとの考えを示した。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt; 更に同村が参加問題について意志を明らかにする時期として「細川内ダム工事事務所を本当に廃止するのか結果を見ないといけない。（新年度予算が編成される）今年12月以降になるのではないか」などと述べ、年内中にはダム審は設置できないとの見通しを明らかにした。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; 徳島県は、建設省の通達「ダム事業評価システムの試行」（1995年7月）で対象となった細川内ダム事業を見直すダム審議委の委員として木頭村長と同村議会議長に就任を要請。しかし、計画撤回を求める立場から参加を拒んできた。これに対して、亀井建設相は今年度での細川内ダム工事事務所の廃止を打ち出し、事実上の白紙撤回を表明、「譲歩」に姿勢を示すなど木頭村の対応が注目を集めていた。 </記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／川辺川ダム" サブタイトル="問題の経過" 文献="0" 人物="＜熊本県＞_川辺川ダム" 年月日="2007/09/27(Thu)22:31" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="45" リンク名="山形新聞／社会20030517" リンク="" コメント="1966年7月　建設省が川辺川ダム計画発表" ジャンプ="eco_kasen">1963年8月　熊本県人吉市などで大洪水発生。&lt;br/&gt;1966年7月　建設省が川辺川ダム計画発表。&lt;br/&gt;1984年7月　農水省がダムから農業用水を引く利水事業計画を確定。&lt;br/&gt;1994年11月　農水省が規模を縮小する変更計画を決定。&lt;br/&gt;1996年12月　反対派農家が変更計画に異議申し立て。&lt;br/&gt;1996年3月　農相が異議申し立て棄却を決定。&lt;br/&gt;1996年6月　熊本地裁に決定取り消しを求め訴訟。&lt;br/&gt;1996年10月　水没地を抱える五木、相良両村と建設省、熊本県が本体工事の着工協定に調印。&lt;br/&gt;1998年8月　川辺川利水訴訟原告団は第三者委員会が公正な「再評価」を実施するためには&lt;br/&gt;　　　　　　農民の意見を述べる機会を保証すべきという申し入れを行った。&lt;br/&gt;2000年9月　利水訴訟で熊本地裁が反対派農家の請求を棄却。農家側が控訴。&lt;br/&gt;2001年11月　球磨川漁協が国の提示した補償案を否定。&lt;br/&gt;2001年12月　国土交通相は土地収用法に基づき、漁業権強制収用の採決を申請。&lt;br/&gt;2003年5月　福岡高裁が一審判決を変更、反対派農家側逆転勝訴。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／川辺川ダム" サブタイトル="｢ダムはムダ」のフレッド・ピアスさんがやってきた" 文献="1" 人物="西田陽子" 年月日="2006/10/14(Sat)" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="44" リンク名="毎日新聞サイバー編集局環境のページ熊本・川辺川は、いま　西田陽子" リンク="" コメント="1997年" ジャンプ="eco_kasen">　ダムはムダ」などの著者で知られるフレッド・　ピアスさんが川辺川にきた。まずは、川辺川ダムサイト予定地へ案内。川辺川ダムには毎秒5160トンの非常用放水門が備えられる予定なのですが、下流の人吉市の堤防で耐えられる流量は4000トン、とされている。もしも　非常用放水門を全開した場合、堤防で抑えきれない水が下流の市や町にあ　ふれ出すのではないか、との不安の声は大きい。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　日本のダム事情にも詳しいピアスさんもこのことを聞いて苦笑していた。また、ダムサイト予定地のすぐ脇には明らかに地滑りを起こしたあとがある。地滑り防止対策で水抜き用のパイプも2本通っているが、地滑り常襲地帯に湛水した場合どうなるかということも、専門家でなくても容易に想像でるだろうに。建設省は「地滑り対策委員会」を作って、地滑り対策をするとはいっているのだが。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　川辺川では97年春から、川底を乾いた状態にするための仮排水路トンネル工事が始まり、昼夜を通して続いている。現在、全長525ｍのうち50ｍ分が掘り進だところだ。仮排水路工事現場を見学した後で、絶滅危ぐ種に指定されているクマタカの舞う姿がよく見られる藤田谷やダムによって水没する予定の五木村中心地・頭地へ向かった。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　頭地代替地には五木村の機能が移転する予定だ。現在造成中で、最初に移転した人たちが現在暮らす家々が建ち並ぶ高野代替地などを案内。そして五木東小学校へを訪れた。この小学校は木造の、とても懐かしい思いを呼び起こす校舎なのだが、体育館がない。「河川予定地」に指定されていることから、河川法で新しく体育館を造ることができないためだ。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　その後、大阪間構造線と呼ぶ断層を経て、昭和初期に建設され、現在も農地に豊富な水を送り続けている六角水路などを見学した。「ダムの水は、いらない」。ここに農地を持つ2000人以上の農家が国を相手に国の利水事業への住民同意への無効を求める裁判を起こしている。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　五木村と人吉市を結ぶ県道沿いには、建設省が造った「鳥と昆虫のための公園」がある。ここには昆虫のために枯れ木やおがくずを置いたり、鳥が砂浴びをするための砂場や巣箱をかけた木、わざわざ山から引いた水をポンプを使って流してある小さな小川には何かの稚魚が泳いでいる。建設省ご自慢の公園だ。こういう公園を造っ&lt;br/&gt;て「ちゃんと自然や動物にも配慮してるんだよ」と宣伝したいのだろう。うたい文句は「自然にやさしいダム造り」。&lt;br/&gt;でも、ダムで水没してしまう面積は391haで、甲子園球場のグラウンド260個分に相当する。それに比べて、この公園は道路わきで、普通の住宅が１軒建つかどうかといった程度のわずかなスペース。この公園を見たピアスさんはとてもおかしそうな表情だった。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　市房ダムへ向かう途中で、ピアスさんにダムがない川辺川とダムのある球磨川の川相の違いや、おそらく昔は遊水池として使っていたと思われるほとんど人家のない錦町の一帯を案内した。　市房ダムは昭和30年代に作られ、建てられて約40年たつ発電用のダムなのですが、既に堆砂率50％。ダム湖に水は少なく、泥の湖と呼んでもいいような有様だ。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　ピアスさんは、特別驚くといった様子もなく、終始事実関係を目で確認して納得していたようだった。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　この日、琵琶湖博物館館長の川那部浩哉氏と大阪府立大学教授の谷田一三氏が川辺川で魚類・水生昆虫の観察会を開いた。ピアスさんとお二方を交えて交流会には、約60人もの人々が集まり、会場となった球磨川ハウスには入りきれないほどの盛況ぶりに。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　ピアスさんはあいさつで「日本はダムや新幹線、高速道路などの建設でたくさんのコンクリートを使っている。造っている人たちもどうしてダムを造っているのかわからずに造っている」と指摘したうえで「あなたたちは目的のないダム建設と闘い続けなければならない。橋本首相も公共事業見直しを発表したいい機会だ。財政難の今こそ、ダムを止める最良のチャンスで、首相や大蔵省に『見直しをするのなら川辺川ダムをリストの一番目にあげるように』という手紙を書くことが大切だ。ダムが止まることを願います」と呼びかけた。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　ピアスさんは「イギリスではダム建設を止めて20年、巨大ダムをたくさん造っていたアメリカでさえもやめてから5年になる。本来、川は自由に流れるものだ。アメリカではダムを壊し始めているし、その国や日本でも近い内に同じ事が始まるだろう」という意見や中国の揚子江中流域に建設中の三峡ダムに対する考えなどを披露。「ここには川辺川を守りたいと思っている人たちがこんなにたくさんいるのだから、『守りたい人がたくさんいる川』については政府はきっともう一度見直すだろう」と最後をしめくくった。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　ピアスさんはイギリスに帰ってから川辺川の記事を書くことを約束。翌7日、熊本を発った。　&lt;br/&gt;フレッド・ピアスさんのプロフィール &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;1951年生まれ。イギリスの科学ジャーナリスト。ケンブリッジ大学卒業後、環境問題を中心に「ガーディアン」「インディペンデント」「オブザーバー」「ニューサイエンティスト」などに執筆。た『地球は復讐する』『緑の戦士たち』（いずれも草思社）のほか、『酸性雨』『気候と人間』『イアンとフレッドのグリーン・ブック』『ハインツのイギリス海岸案内』『地中海の湿地』などが日本でも出版されている。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／川辺川ダム" サブタイトル="川辺川ダム建設の問題点" 文献="1" 人物="西田陽子" 年月日="1997年11月26日" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="45" リンク名="毎日新聞サイバー編集局環境のページ熊本・川辺川は、いま" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">Ａ）川辺川とダム建設の計画概要　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　川辺川は日本の三大急流の一つに数えられる球磨川最大の支流です。支流であ　りながらも球磨川本流よりも流路・流域面積共に大きい清流で、流域市民の憩いの場として親しまれています。現在、本流には既に市房ダム（昭和３５年完成）があり、川辺川と合流するまでの市房ダム下流の球磨川は水量も少なく、川としての機能を果たしていない状態となっています。建設省はこの川辺川（熊本県球磨郡相良村藤田）に現在、に高さ107.5mのアーチ式コンクリートダムを建設しようとしており、完成すれば、総貯水量１億3300万トン、湛水面積391haの建設省　管轄では九州最大のダムとなり、子守唄の里と知られる五木の中心地頭地を沈め、10kmにも及ぶダム湖が完成します。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;Ｂ）建設省が掲げている川辺川ダムの４つの目的　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　(1)　洪水調節　(2)　流水の正常な機能の維持(3)　灌漑用水　(4)　発電　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　当初、発電用ダムとして川辺川ダムは計画されましたが、採算性の面から計画　を断念したところに相良村の高原台地の水田化計画が持ち上がり、利水目的としてダム計画は生き残りました。ところが、&lt;br/&gt;昭和３８年から４０年にかけて３年連続の水害が発生し、一転して治水専用ダムとして建設省が計画を発表、２年後に　再び灌漑と発電の目的が加えられ、多目的ダムという計画に落ち着きます。また、　計画は昭和４１年のもので、３１年たった現在の状況には合っていません。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;Ｃ）川辺川ダムの問題点　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　最初にダムを造るという計画があり、後から目的を作るという経過も問題です　が、３１年たった現在、次の２つのことを認識して見直す必要があります。１つ目は自然状態、特に山林の変化、２つ目は社会の変化です。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　建設省の掲げる川辺川ダムの各目的ごとに、その必要性、矛盾点及び問題点を検証すると、以下のような事実が判明します。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;（１）疑問が多いダムによる洪水調節　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　下流域、特に人吉の洪水調節を川辺川ダムの主目的としていますが、人吉市民は逆に市房ダムとの同時放流による大洪水の危険を感じているのが現状です。人吉をはじめ下流域は市房ダム完成後、３回の水害を体験し、多くの生命財産を失っています。市房ダムは計画最大流入量を毎秒1300m3と計算し、その半分の650m3をカットし、650m3を放流することになっています。しかし、大雨時ダムは満水となり水量調節不可能に陥り、最大放水量792m3、計画放水量以上の放水を７時間も続け災害を起こしたこともあります。又、57年７月は1019m3の流入に対し764m3放流するなど、水量計算通りに事は運ん&lt;br/&gt;でいないのが実状です。このように、ダムで洪水調節が計算通りに出来なかった事を市房ダムは立証しています。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;建設省は容量の小さい市房ダムだけでなく、市房ダムの３倍の貯水量を計画している川辺川ダムとの統合管理により洪水調節をすると言っていますが、市房ダムは県営、川辺川ダムは国営と管轄が違うこともあり、統合管理をするのは難しいことをほのめかしています。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　また、３０年前は終戦後の樹木の伐採で山は荒れ果てていたので、降水は短時間で河川に流入し洪水を起こしていました。現在では当時から植林された樹木が成長し、山の保水能力はある程度回復し、&lt;br/&gt;また河川改修の効果も伴い、大雨でも河川水の増加は著しくなく、増水時間も長くなっています。平成７年７月には川辺川ダムで計画されている「８０年に１度」の大雨量である440mmを超えたにもかかわらず氾濫することはなく、ダムによる治水の必要性も疑問視されています。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;（２）目的とは言えない「流水の正常な機能の維持」　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　この項目はダム建設により枯れ川となると河川法第一条に違反することになるので、多目的ダムの場合必ず記す文面であり、目的とは言えません。しかも、ダムの基本計画によると、夏は毎秒22m3、冬は18m3の流水を確保するとしていますが、人吉の観光目玉である「球磨川下り」には最小30m3必要との声もあり、の計画では「球磨川下り」をはじめとして人吉観光経済に大きな打撃を与えるのではないかと危惧されています。もしも30m3の流量を確保するとなれば、夜の間にそれだけの水量を貯水する必要があるので、夜間放流されない恐れもあり、球磨川名物の鮎は生育できなくなる危険性さえあやぶまれています。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;（３）灌漑用水は不必要とし、現在裁判係争中　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　計画された30年程前は、食料増産が叫ばれていた時代で、新しく田を開くなど、多量の灌漑用水が必要でしたが、現在は米余りの時代を迎え、減反政策がとられるようになり、また農家の高齢化や後継者不足など、農業を取り巻く情勢は大きく変わってきています。実際、３年前の大干ばつの際にも川辺川から取水している地域は大豊作になるなど、ほとんどの農家では現在の水路で十分間に合っています。また、国営川辺川土地改良事業では、同意の取り方に問題があったなどとして、約４０００人の受益者の半数を超える２０６０人が原告及び補助参加者となり、「ダムからの水はいらない」と、農水大臣を相手取り現在係争中となっています。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;（４）ダム完成後の発電量は現在より減少する　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　現在川辺川には４つの発電所があり、18000kwの電力を発電しています。しかし、川辺川ダム（最大出力16500kw）ができるとこのうち３つの発電所は水没してしまい、営業停止を余儀なくされている為、増加分はわずか600kwに過ぎません。４つ目の発電所についても同時閉鎖が検討されており、もし閉鎖が確定すれば、電力の収支は逆転し、2100kwのマイナスになってしまいます。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;Ｄ）懸念される自然環境の破壊　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　川辺川水系はオオタカ・クマタカ・ヤイロチョウなどレッドデータブックに絶滅危惧種・危急種として記載されている種をはじめ、貴重な動植物の宝庫であり、建設省の資料によっても、川辺川ダム水没予定地周辺には２７１１種の生物種が生息していることがわかっています。また、未確認ながらも複数の漁師による日本カワウソの目撃情報もあります。尚、先ごろ環境庁により発表されたレッドリストによると、川辺川周辺には２４種の植物が絶滅が心配される種として掲載されています。これらについてその生息や分布の状況をきちんと調査する必要があります。このような豊かな自然環境を破壊する川辺川ダム事業に対して環境アセスメントは昭和５２年の閣議決定以前の計画であるとして行われていません。　昨年８月に「事業継続」の答申を出した川辺川ダム審議委員会では、答申発表からわずか１０日後に建設省はクマタカの営巣地がダムサイトから3km以内にあることを確認しながら、審議委に報告していなかった事実が明るみに出るなど、審議委員会の公正さに疑問が噴出しています。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　川辺川には美味しい鮎が群れ、球磨川漁協（会員2000人）の生活の糧だけでなく、郡市民の多面的な親水の場でもあり、カヌーツーリングのメッカともなっています。ダムが完成すると、これら総てが壊滅的な打撃を受けるのは確実です。　市房ダムにより球磨川本流は荒廃してしまい、現在の球磨川は川辺川によって川の形態と水質を保っていると言っても過言ではありません。川辺川ダムが完成すれば、川辺川及び球磨川本流、そして八代海、対岸の天草までとその影響は図りしれません。また、付け替え道路・ダム本体などの工事により自然景観は大きく壊され、更に、地質的に軟弱箇所があり人為的災害を起す危険性も指摘されています。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;Ｅ）問われるダム建設前提の村の再建　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　ダムにより水没する五木村では３０年以上に渡るダム反対闘争を繰り広げてきました。その闘争の中で、ダム計画が無かった時代の住民関係が完全に壊され、自然の心の持ち主であった人々に猜疑心・&lt;br/&gt;他人を信用しない心・争いの心を持たせ、住民は苦しみを強いられてきました。この長い闘争の中で住民は疲弊し、ついに村の再建のためにはダム建設を受け入れざるを得ないという「苦渋の選択」を受け入れました。しかし、村の中心地と豊かな自然環境がダムに沈んでしまっては、今後の地域振興に大きなダメージを与えるのは明白です。重要な観光資源である豊かな清流と引き替えにしたダム建設よりも、清流と人の営みが調和した子守唄の里の歴史を大事にしてこそ、五木村の再建はあり得るのではないでしょうか。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;Ｆ）無駄な公共事業の見直しと川辺川ダム建設中止を！　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　このように問題が多い川辺川ダム建設計画に対して、現在までに当初予算を超　える１千億円以上の税金が投入され、また今後２千億円以上がつぎ込まれようと　しています。先日、建設省は全国で６つの&lt;br/&gt;ダムを建設中止、１２のダムを休止・　一時休止することを発表しました。「国家が国民の血税を使って行う公共事業に　間違いはない」という姿勢だった建設省が、今、全国のダム事業を見直そうとし　始めました。しかし、全国には未だ５００のダム建設計画があり、見直しを必要とするダムは数多くあると思われます。これ以上無駄な事業に我々の血税が使われないためにも、川辺川ダムについても早急な見直しが必要です。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／川辺川ダム" サブタイトル="川辺川で「ドボン、プカプカ」，，，" 文献="1" 人物="西田陽子" 年月日="1997年9月5日" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="46" リンク名="毎日新聞サイバー編集局環境のページ熊本・川辺川は、いま" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">　ゴーゴー、ザーザーと豪快な勢いで流れる川辺川の瀬の中に、岩の上からドボンと飛び込む。一瞬体は水中に沈み、ライフジャケットと体の浮力で浮かび上がり、川の流れに身を任せてプカプカ流れる。水の中では、陽の光が差し込み、ゆらゆらと揺らめく光と影のグラデーションの中で魚たちが気持ちよさそうに泳いでいる。緑がかった透明な水中の世界はオカの上とは全く別物で、あぁ、このまま魚になりたいと思う。あんまり見とれていると、目印にしている岩に上がり損なってしまいそうになる。川辺川の夏。川風はやさしくほおをなで、私を子供に戻す。今年はこの私が勝手に名付けた「ドボン・プカプカ」にすっかり夢中になってしまった。だが、今年は川が濁っている日が昨夏より多い気がする。上流で今年5月から始まった川辺川ダム関連の工事が原因だろうか？　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　血管がつまると動脈硬化などを引き起こし、次第に身体がむしばまれていく。&lt;br/&gt;川は森の恵みを運んでくれる、球の血管で、同じことが言える。川をせき止めると栄養分の供給ができなくなり、たまるのは土砂とヘドロだけだ。土砂をせき止めるので、海岸は浸食。更にそれをくい止めるためにコンクリートで塗り固められ、海岸線はテトラポットだらけになる。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　じゃぁ、溜まった土砂を海に返せばいいじゃないかと思われるかもしれないが、経費もかかるしダムにたまった砂は泥やヘドロと混ざり合い、今のところ利用不可能で使い道はない。せいぜい、きれいな沢をまるごと埋めるのに使われるだけだ、という。自然に流れる川であれば、流れる間に泥と砂をより分け、きれいな砂と栄養分を海に供給してくれるというのに。自然界はいろいろなものが繋がり合ってできている。何か一つ人間が手を加えると色々な弊害が次々に生まれる。そして魚も住めない、泳げない川や海になってしまう。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　先日、熊本・天草で真珠の養殖をされている方の話を聞く機会があった。天草は不知火海を挟んで川辺川の本流である球磨川の対岸にあたる。不知火海に注ぐ大きな川は球磨川だけだ。おまけに天草の&lt;br/&gt;上島にも大きな川がない。そして、球磨川の水が天草の海の豊かさを担っているということが天草の人達の間で常識となっているという。　しかし、球磨川本流には既に市房ダムをはじめ、３つのダムがある。森からの栄養の豊かな川辺川の水がダムから流れる球磨川本流の濁りを薄め、球磨川はかろうじて川としての形態を保っているとも言える。その川辺川にダムができると不知火海はもとより、遠く天草の海にまで影響を与えることは必至だ。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;地元の子供達の間ではこの遊びは夏の定番になっている。子供達は面白い瀬のありかをよく知っていて、どこからともなく１人、２人と川べりに集まってくる。川に突き出した岩の上から元気良く飛び込み、流れの中を泳ぎながら岩から岩に渡って遊んだり、１１ｍもの高さの橋から飛び込んだりする。もちろん、たくましい子供達はライフジャケットなどつけずに、身体一つで川に飛び込む。夏休みには、いくつか点在する「遊び場」に子供達が群れ集う姿が川辺川の風物詩となっている。エメラルドグリーンにもサファイアブルーにも見える宝石色の川面を眺めていると、見ているだけで心が安らぐ。と同時に、川に飛び込みたい衝動に駆られる。こんな川がこの日本にあといくつ残されているだろうか？私は来年も再来年も、何年先でも、ずっと「ドボン、プカプカ」と何も考えずに魚たちと遊んでいたい。改めてそう思った川辺川の一日だった。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;【写真は、夏になると川泳ぎを楽しむ子供たちでにぎわう相良村の川辺川】</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／川辺川ダム" サブタイトル="クマタカが翔ぶ空，，，" 文献="1" 人物="西田陽子" 年月日="1997年7月23日" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="47" リンク名="毎日新聞サイバー編集局環境のページ熊本・川辺川は、いま" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">　今年２月の寒い日のクマタカ観察会。川辺川を見おろせる道路際に腰掛けてだご汁(*)をつついていた私の目の前を、岩陰から大きな黒いかたまりが突然ドヒューンと飛び出してきた。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　思わず「オーッ！」と大きな叫び声をあげてしまった。高さは私の目の高さと同じくらい、ほんの20ｍ先をかすめて飛んでいったのはクマタカだった。私の叫び声を聞いたクマタカの方こそ、びっくりしたかもしれない。その後、クマタカが対岸の木の枝にとまったことを確認。フィールドスコープでゆっくり観察した。胸が真っ白く輝き、凛とした表情で時折あたりを見渡しているその姿は、まさに生態系の頂点を極めるものにふさわしい風格を備え、何時間見ていても飽きないと思うくらい格好よく、その瞬間、私はクマタカにどうも惚れてしまった。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　観察場所は、川辺川ダム建設予定地から300ｍと離れていない。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;●建設省、「クマタカ営巣」を未報告　&lt;br/&gt;　建設省は1995年9月に「川辺川ダム計画を見直す」と鳴り物入りで「川辺川ダム事業審議委員会」を設置した。審議委員会では、公正な審議が行われるべきだったが、結局、市民が要求した「審議の全面公開」は1度も実現しなかった。そればかりか審議会は、利水事業に反対している農家の意見も聴かないまま、行政側の情報を唯一の材料に1996年8月10日には「建設促進が妥当」との答申を出してしまった。ところが答申から、わずか10日後、新聞各紙は一斉に「川辺川ダム計画で建設省は、クマタカの営巣地がダム予定地の近くにあることを確認しながら、審議委員会に報告していなかった」と、報道した。審議委員の一人は「事実を知っていれば、具体的な保護策について答申に盛り込めたはずだ」（97年8月20日付朝日新聞西部本社版）と述べるなど、ダム計画は変わっていたかもしれない。しかし、その後も建設省は、クマタカに対する具体的な保護策を示していない。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　クマタカは絶滅危ぐ種として環境庁のレッドデータブックに記載されている、今最も保護を必要とする鳥のひとつだ。この報道がきっかけとなって昨年10月27日に「クマタカを守る会」が結成された。川辺川ダムサイト付近のクマタカ調査を行っている。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　クマタカを守る会の東慶治郎さんが月刊「むすぶ」（No.316）で発表した文章を紹介したい。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　***************　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　私たちは、川辺川流域に生息するクマタカのことをもっと知りたいとの思いから「クマタカを守る会」を発足させ、早速、調査を始めた。思いはあっても、そう簡単には出会う事はできないだろうと想像していたのが、昨年11月17日の第1回目の調査で、ダム予定地の近くで数羽のクマタカを確認することができた。12月8日の調査の時だった。前日、降り積もった新雪の上で待つこと数時間、一羽のクマタカが足に野兎をつかんだまま舞い降りて来た。次の瞬間、その飛び込んで来たクマタカに戯れようとするかのように、もう一羽のクマタカが大きな赤松から飛び立った。野兎を渡そうとする一羽と受け取ろうとする一羽が、もたれ合うように飛び、谷間にきりもみをしながら消えた。一瞬の出来事であった。2月9日の調査では、ダム予定地からわずか500ｍ上流の山の上を、4羽のクマタカが同時に舞う姿を確認した。その光景は、目に焼き付いて離れない。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　***************　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　クマタカは11月から12月にかけて恋の季節を迎える。別々の縄張れで生活していたオスとメスが同じ場所で生活を始める。このころ、オスはメスに獲物をプレゼントする「求愛給餌」行動を行う、という。東さんらが目撃したのはまさにその瞬間だろう。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　このオスとメスの恋の儀式が目撃された日、私は別の班で観察していていたため残念ながらそのシーンは見ることができなかった。目撃した人はみな、興奮しながらその「瞬間」を教えてくれた。しばらくは悔しくて、想像の中で2羽のクマタカがきりもみする状況がずっと頭から離れなかったほどだ。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　だが、次の調査以後、その時観察された場所でクマタカは見られなくなった。確認された場所はちょうど現在工事が行われている大規模林道の延長線上にあった。あの2羽のクマタカが無事に繁殖に成功していれば、今ごろは巣立ち間近の幼鳥が見られる季節なのだが・・・。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　最近は、ダムの骨材として利用するため、採取する予定の原石山近くでクマタカが頻繁に観察されている。場所は、5月23日に工事が始まった仮排水路トンネル工事現場からわずか数百ｍ程度しか離れていない。しかし、建設省は「クマタカ営巣地は現場から1500ｍ以内にはないので、影響はない」との判断で、工事に着手した。巣が1500ｍ以内になくても、その場所がクマタカにとっては狩場であったり、縄張りであるなど、繁殖に重要な場所である可能性が非常に高い。クマタカは神経質な鳥なので、頻繁に行き交う工事車両の影響や、発破にともなう騒音や振動の影響は計り知れないだろう。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　私たちは建設省に２度にわたって仮排水路工事に関連した工事計画書などの資料開示を要請したが、既に公開されている資料しか出してもらえなかった。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　クマタカに関しての情報は皆無だ。建設省はクマタカへの工事の影響について、本当に真剣に検討しているのだろうか？検討していないから資料を出せないのではないのだろうか？、とさえ疑いたくなって来る。クマタカが繁殖できない、あるいは住めない環境になっても建設省は、「クマタカや環境には最大限配慮しましたが、クマタカはいなくなりました」とでも説明するのだろうか。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　断っておくが、絶滅の危ぐされていることだけが、クマタカを保護すべきだと意っているのではない。クマタカは生態系の頂点に位置する動物で、クマタカが住む自然は、多様な生物が住め、豊かな生態系を維持している指標なのだ。大切なのは「クマタカを支えている生態系」だとも言える。例え、今いるクマタカがいなくなったとしても、生態系がそのまま残されていたらその場所でまた別のクマタカが暮らしていけるのだ。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;【だご汁】熊本の郷土料理で、小麦粉を練ってつくった「だご」を野菜と一緒に煮込んだ料理。地方によってみそ味やしょうゆ味があり、各家庭で味が違sう。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;【クマタカ】森林性の猛きん類で、山岳部での生態系の頂点に位置する希少鳥類。環境庁のレッドデータブックで、絶滅危ぐ種に指定。全国での生息数が1000羽以下。種の保存法の「国内希少野生動植物種」で、有効な保護対策が求められている。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;19990523，614，1997年6月23日，西田陽子，9999未整理，毎日新聞サイバー編集局環境のページ，100296，開発／川辺川ダム計画，熊本・川辺川は、いま／仮排水路トンネルが着工、建設省「約束は破っていない&lt;br/&gt;　熊本県の建設省川辺川工事事務所は５月２３日、川辺川ダム本体工事をするにあたって、川底を乾いた状態にするために水をう回させるための仮排水路トンネル（長さ５７５ｍ、直径９．７ｍ）に着工した。川辺川ダム本体を造るということを前提の工事なので、事実上の本体着工と、反対する住民側は受けとめている。これまで建設省がやってきた工事は、付け替え道路や代替地の造成工事だった。これらは３歩譲って見てみれば、新しくて広い道は便利だろうし、山肌を切り払った新しい土地は過疎化が進む五木村のために有効利用ができるかもしれないということで、全く無意味だとは言えなかった。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;だが、仮排水路トンネル工事は、ちょっと待って欲しい。、川辺川ダムから水をもらう農家の多くが本当はその水を必要としないことが分かり、1994年12月には利水事業への不参加を求める異議申し立てを農水省に行った。申し立ては1996年3月に却下。このため同年6月26日、「これ以上水はいらない」として、農水大臣を相手に行政訴訟に踏み切ったのだ。もともと、この利水事業は国営の土地改良事業で、土地改良法に受益農家の３分の２以上の同意がなければ進められないと定められている。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;農家８６６人で始めた裁判も、裁判を重ねるごとに補助参加者が増え、今では半分にもせまる約４５％、１８０５人の農家が川辺川ダム建設の重要な目的の一つである利水事業に異議を唱えていることになる。既に半数近くの農家が異議を唱えている以上、このまま利水事業を進めることは違法だとさえ言えると思う。裁判で原告が勝訴することになれば、「利水」が川辺川ダム建設の大きな目的を占める以上、計画の根本からの見直されるべきだ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;●答申無視の建設省　&lt;br/&gt;　そもそも、建設省は、球磨川漁協に対する説明会で、「漁協の同意を得ずして、本体に着工することはない」（94年8月5日付人吉新聞）と約束した経緯がある。同漁協は今もなお反対の姿勢を崩してはいないのは、ダムができれば、アユなど川魚に大きな打撃を与えるのはわかっているからだ。これに対して、建設省は漁協の同意は不要だとの姿勢だ。「本格着工ではない」からなのだという。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;「川辺川ダム事業審議委員会」が昨年８月にまとめた答申には「流域住民の意見を聞き、環境に最大限の配慮をする」と書いてあったはずだ。しかし、答申後に建設省が流域住民の意見を真剣に聞いてくれた覚えはない。環境保全についても、情報開示を求めたが、着々と工事は進められる中、どのような具体策をとるのかはいまだに一切口をつぐんだままだ。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　「ダム審の答申を尊重して事業を進める」。建設省自身が言った言葉だ。自分で決めたことくらい守ったらどうなのか。そういう建設省の姿勢一つ一つの積み重ねが住民へ不信感を募らせていくのだ。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／川辺川ダム" サブタイトル="ダム建設にさらされる川辺川、２５０人が抗議集会に参加，，" 文献="1" 人物="西田陽子" 年月日="1997年5月8日" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="48" リンク名="毎日新聞サイバー編集局環境のページ熊本・川辺川は、いま" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">「川はそこにあっとに、川漁師でおられんとですよ」　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　４月２６日夜、熊本県相良村柳瀬の川辺川の河原に用意された特設ステージで、川漁師４代目となる吉村さんは、大勢の観衆を前に訴えた。投光器の灯りに誘われ、羽化したばかりのカゲロウがあたりを飛び回っている。都会の人間の目には清流と映る川辺川の姿も、吉村さんの目には「ひん死の状態」に映っているのだ。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;「昔はこぎゃんもんじゃなかった。口ば開くたんびに口ん中に虫の入ってくるごたった。だいたい、今ごろの季節は、あなたたち都会の人間は、川ん中ば歩ききらんごたった。ヌルヌルしたケイソウが石にびっしりついて、私たちのごたる毎日漁ばする川漁師でもよっぼど用心して歩かんといかんごたった。ばってん、今は違うでしょうが。あなたたちでも歩ききるごたる川底になってしもた」　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　川辺川は、九州のほぼ中央にそびえる国見岳にその源を発し、1500mを越す急峻な峰々から多くの沢を集めながら南進する。平家落人伝説がまつわる五家荘（ごかのしょう）では深い谷間を流れ、秋ともなると紅葉と渓谷美で多くの観光客を魅了する。子守唄で有名な五木村を流れる頃には、それまでの険しい地形は比較的なだらかになり、川も勢いをゆるめ、ゆったりと流れ始める。相良村柳瀬にて日本三急流のひとつに数えられる球磨川に合流し、人吉市・八代市を経て八代海に注いでいる。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　４月２６・２７日の２日間にわたって、「守ろう川辺川！リバーミーティング９７　With　野田知佑」というイベントが開かれた。冒頭の描写は、２６日の前夜祭で、地元の川漁師・吉村さんの話である。河原や土手に思い思いに腰掛けて参加した人たちは、吉村さんの話に聞き入っていた。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　吉村さんの話は、こうだ。都会の人間でも川を歩けるようになった原因はケイソウの生育の悪化にある。拡大造林の時代に山の木が伐られ、杉が植えられてから川に栄養分豊かな水が流れ込まなくなった。ケイソウの生育不良はそのままケイソウをエサとする鮎に影響を与える。昔は手づかみで鮎が捕まえられていたというのに、今では刺し網漁をやっても捕れる量はわずかだ。川辺川が流する球磨川には現在、合流点よりも上流に１つ、下流に２つのダムがある。卵から孵った鮎の稚魚は生まれてから３〜４日のうちに海にたどり着かないとその命を落としてしまう。しかし、下流のダムから強制的に農業用水路に流され、海にたどり着けるものは少ない。また、なんとか海にたどりついた稚魚も海の栄養分が少ないためによく育たない。というのも、ダムから腐った水が流され、またその水量が少ないために稚魚がエサとする海のプランクトンが育たないせいだというのだ。「海が貧乏しとっとですよ」吉村さんに言わせれば、山も川も海も今、「貧乏」している。ダムの存在は「貧乏」を一層増幅させる、という。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　「川はそこにあっとに、川漁師でおられんとですよ」『川漁師であり続けたい男』吉村さんの嘆きだ。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　川辺川はいま、ダム建設の危機にさらされている。１９６６年に建設省が発表した川辺川ダム計画がそれだ。現在、付替道路、代替地の造成などが着々と進んでいる。建設省は今年５月にダム本体工事の為の河道変更（バイパス）工事に着工しようとしている。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　私たちは、このダム建設事業に抗議する意味を含めて全国の川を愛する人たちに呼びかけた、リバーミーティングを行った。河原はたくさんのテントで埋め尽くされ、参加者は２５０名を超えた。大阪から自転車で駆けつけた青年や、遠くは千葉や東京、静岡などからの参加があった。翌２７日、人吉市内で行ったカヌーデモには１５０艇のカヌーが人吉城跡前の淵を埋め、「川辺川ダム反対！」「建設省は市民の声を聞け！」などのシュプレヒコールが渦巻い&lt;br/&gt;た。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　２６日の受付作業の合間を見計らって、長野から来てくれた友人のフネに乗せてもらった。地元の人には「瀕死」と言われる川辺川の水は澄み、都会の川しか知らない私の目には、誰がなんと言っても「清流」である。この川にまでダムができてしまえばどんなに海が「貧乏」してしまうことだろう。私は、そんな川辺川の状況を、少しでも多くの人に知ってもらいたいと思っている。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;「鮎の量が僅か」と書いたのは、川漁師の目から見て、以前と比べると「わずか」になったのであって、実際には川辺川にはまだまだたくさんの鮎がいる。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;毎年６月１日の鮎の解禁日には川辺川にはたくさんの鮎釣り師が訪れる。「球磨川の大鮎」は全国に有名だが、実はこの「球磨川の大鮎」は川辺川で獲れた鮎のことを指すのである。上流にダムのある球磨川本流の鮎と、ダムのない川辺川の鮎とでは大きさ、味、香りが全く違うのだ。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;鮎漁解禁前の今頃、相良村廻（めぐり）の堰では丸々と太った鮎が堰を越えようと元気よくピンピン跳ねる姿を見ることができる。　</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／川辺川ダム" サブタイトル="崩れたダム神話" 文献="1" 人物="西田陽子" 年月日="2006/10/14(Sat)" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="49" リンク名="毎日新聞サイバー編集局熊本・川辺川は、いま／環境のページ19990000" リンク="" コメント="1998年" ジャンプ="eco_kasen">ダムがパンク寸前の時は 決壊を回避すべく、流入量よりも多い量を放流する可能性が高い&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　確かにダムは大雨時に一時的に水を貯め、降水のピークを過ぎた後で徐々に放流を行い、全体の流量を低減させることで洪水被害を軽減することができると理論的には考えられている。しかし、それは「ダムが洪水調節能力を有している場合（貯水池に十分な空き容量がある場合）」に限られる、といえる。貯水池の空き容量が十分でなくなった場合は、洪水調節が適正に機能しなくなり、ダムがない場合よりもかえって危険な状況に陥る。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　球磨川（くまがわ）の治水計画は８０年に１回の規模の洪水に対応できるようになっており、市房ダム（既設）と川辺川ダムで洪水調節を行うことになっている。８０年に１回の規模の洪水とは２日間の降雨量で表され（計画降雨量）、球磨川においては以下のようになると建設省では計算している。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;計画降雨量&lt;br/&gt;川辺川ダム流域510mm/２日&lt;br/&gt;人吉上流域　440mm/２日&lt;br/&gt;萩原（八代）上流域380mm/２日&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　川辺川ダム流域においては１９６５年７月洪水の実績降雨パターンを参考に試算し、２日間の降雨量が510mmになるように１時間単位の降雨を引き延ばして設定されている。また、川辺川ダムの洪水調節方式は、不定率調節方式（鍋底調節）であり、本川上流域（川辺川合流前の球磨川）の流量が1200m3/s以上に達したところでダムの放流量を200m3/sに低減させる（ダム流入量をほぼ全量カットする）計画となっている。これが降雨量を予測でき、またこの通りに雨が降ってくれれば問題はない。&lt;br/&gt;　しかし、今の技術水準では数時間後の雨量を的確に予測することは事実上、不可能である。本川上流域が1200m3/sになった時点で、川辺川ダムの放流量を200m3/sに抑えたところで、その先に必ずしもピークがくるとは限らない。本川上流域が1200m3/sになったところで川辺川ダムで放流量をカットし、しばらくたってから本当のピークが来た場合はどうなるのか？　&lt;br/&gt;　ピーク前には貯水池はほとんどカラの状態になっていることが大前提である。裏を返せば、ピークが来た時に既に貯水池に水がある場合は計画通りに洪水調節が行えないということだ。貯水池に既に水がある場合はダムでカットできる水量は計画量を下回るのは当然だ。建設省の計画通りに洪水調節を行うには、このピークを確実に予測できた場合に限られ、もしもピークを読み違えた場合は、ダムは計画通りの洪水調節が行えなくなり、かえって危険な状態を引き起こすのだ。&lt;br/&gt;　ダム貯水池の増加量は「ダム流入量−ダム放流量」で求めらる。流入量と同じ量を放流すれば、ダム貯水池の水量は増加しないというわけだ。しかし、洪水時の流入量というのは、決して水道メーターのように瞬時に流量が把握できるものではなく、ある一定時間ゲートを開いて放流し、その時の貯水量の増減の度合いで初めて決まる。要するに、ダム流入量とはリアルタイムで把握できるものではなく、ゲート放流してみて貯水位が下がれば、ダム放流量よりも流入量が小さく、貯水位が上がればダム流入量の方が放流量よりも大きいということになる。　&lt;br/&gt;　すなわち、貯水位が一定かどうかは放流してしばらく様子を見ないとわからないということだ。貯水池がほぼ満杯の状態で「様子を見る」ということはほとんど不可能と考えられる。ダムがパンク寸前の時は決壊を回避することを第一として貯水位を下げるべく、流入量よりも多い量を放流する可能性が高くなる。その場合、ダムで洪水をカットするどころか、かえって危険性が高まってしまうというわけだ。「ダムがあれば洪水対策は安全」という建設省の主張は、川辺川ダムに限っていえば、その神話は事実上崩れたといえる。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／川辺川ダム" サブタイトル="｢再評価｣めぐり農水省農政局と会見(中）" 文献="1" 人物="西田陽子" 年月日="1998年9月" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="50" リンク名="毎日新聞サイバー編集局熊本・川辺川は、いま／環境のページ19990000" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">　川辺川利水訴訟原告団（原告団）、川辺川利水訴訟を支援する会（支援する会）、清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会（手渡す会）、子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会（県民の会）の4団体のそれぞれの代表は1998年９月７日農水省農政局と会見した。もちろん、議題は川辺川ダム建設の目的の一つ、川辺川土地改良事業の妥当性をめぐってである。&lt;br/&gt;　文字通りに「第三者委員会による再評価」が進められているとすれば歓迎すべきことだ。特に、川辺川土地改良事業については、2000人を超える農家（受益農家4000戸の半数以上）が「ダムからの水はいらない」として、農水省を相手に行政訴訟を起こしている。&lt;br/&gt;　記事は「第三者委員会の開催日時も事前には一切、公表されなかった。また、原告農家からの意見聴取もなく、第三者委員会は川辺川土地改良事業については現地調査も行わなかった」という事実も明らかにしている。さらに反対農家から意見聴取しなかったことについて、事業管理委副委員長の倉嶋清次農政部長の「受益農家でつくる土地改良区から意見を聴くことで、農家代表の意見を聴いたと解釈している」とのコメントを掲載した。受益農家の半数を超える原告団には何ら「第三者委員会」の存在を知らせず、意見聴取もせず、337人と反対農家に比べて絶対数がずっと少ない土地改良区の意見を農家代表の意見だと見なしているのだ。裁判に参加しているのは、事業に何らかの問題があり、同意できないからであって、そういう人たちの意見を聞かずして「第三者委員会での再評価」などと言うことができるのだろうか？　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;参考記事:8月13　日付熊本日日新聞&lt;br/&gt;http://www.kumanichi.co.jp/dnews/980813/kiji1.2.html&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　さらに原告団の申し入れに続き川辺川利水訴訟を支援する会（支援する会）は同月21日、農水省九州農政局に川辺川利水事業の再検討に関する情報公開を申し入れた。検討内容は（１）再検討のために設置した第三者委員会の人選経緯（２）利水訴訟原告団が、事情聴取者の対象から外れた背景（３）第三者委員会に提供された資料や討議事項の内容―などだ。この時、農政局の信田雄一・事業調整室長は「本省とも審議した上で回答したい」と回答しただけだった、という。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　8月31日。原告団と支援する会に加え、清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会（手渡す会）、子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会（県民の会）の4団体が農政局に対し、「原告団からの意見聴取がないまま、事業の再検討が進められている。再評価の本来の意味からいっても、事業に疑問を持つ原告側と事業者側が対等に、公開で意見を述べ合う場が必要だ」として、熊本市で開催を予定している緊急シンポジウムへの参加を要請。この時の農政局からの返事は「出席できるかどうか、本省とも相談の上で連絡する」との回答が寄せられた。　&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　こうした3回に及ぶ申し入れや要請行動に対し、農政局から原告団長宛に次のようなファクスが農政局から送られてきた。&lt;br/&gt;---------------------------------------------------------------------&lt;br/&gt;川辺川利水訴訟原告団&lt;br/&gt;団長梅山　究　様&lt;br/&gt;九州農政局設計課・水利課&lt;br/&gt;　川辺川土地改良事業に関する再評価に対し、貴殿の団体及び清流球磨川・川辺川を未来に手渡す流域郡市民の会、子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会、川辺川利水訴訟を支援する会より８月１４日、２１日、３１日に要請のあったことについて、下記に示す日時・場所において当局の回答を行いますので、各団体への連絡を含め対応宜しくお願いします。&lt;br/&gt;　記&lt;br/&gt;１．日時　平成１０年９月７日　午後１時から２時の間&lt;br/&gt;２．場所　九州農政局　第４−１会議室（別添農政局案内図参照）&lt;br/&gt;３．注意事項&lt;br/&gt;　当局が会議を行うにあたっては、貴殿の団体等が新聞、テレビ等のマスコミ各社を同行される場合、撮影は冒頭の頭撮りのみとし、会談中の撮影、録音は御遠慮いただく方針であることを貴殿より同行されるマスコミ各社に予め御連絡願います。&lt;br/&gt;　また、当日、貴殿の団体の他、参集される方の範囲を御連絡願います。&lt;br/&gt;---------------------------------------------------------------------&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;参考記事:8月22日付熊本日日新聞　&lt;br/&gt;http://www.kumanichi.co.jp/dnews/980822/kiji1.4.html</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／概論" サブタイトル="＜川辺川訴訟＞／農水省が「原告の発表数に疑問」と反論" 文献="1" 人物="1999年７月3日" 年月日="2006/11/24(Fri)" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="51" リンク名="1997年7月3日毎日新聞サイバー編集局環境のページ" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen"> 熊本県で農水省が計画中の国営川辺川土地改良事業について受益農家が農水大臣を相手に同事業の「同意」取り消しを求め熊本地裁に提訴している「川辺川訴訟」で、農水省は3日、原告団（梅山究団長）が異議を表明している事業対象者が約半数に達したことを発表したことに対し、「あくまで原告団の主張だ。参加者の中には農家でない人もいる」と疑問を投げかけ、裁判の中で争っていく考えを明らかにした。川辺川土地改良事業での利水事業は、建設省が同県五木村に建設中の川辺川ダム計画の目的の一つ。土地改良法では、事業対象者の3分の2以上の同意を規定しており、今後異議を唱える農家戸数が増加すれば、川辺川ダム計画にも影響を与えることになりそそうだ。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt; 原告団側などによると、国営川辺川土地改良事業の対象農家数（土地改良法3条資格者）は、4020人。866人だった原告農家は、裁判への申請予定者を含む補助参加申請者の合計が1日までに2005人に上り約半数に達した、と発表した。&lt;br/&gt; これに対し農水省は、毎日新聞の取材に対して「川辺川土地改良事業は、農家の同意を得て事業を進めてきた経過があり、同意は有効だ。同意の取り消しはその後、出てきた話だ」と主張。さらに、&lt;br/&gt;原告団側が発表した数字そのものについても「あくまで原告団の主張だ。参加者の中には受益者の農家でない人もいる。全員チェックして裁判の中で明らかにしていきたい」と疑問を投げかけ、全面的に争っていく考えを明らかにした。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt; 農水省は1983年、川辺川ダムからの利水計 画を発表。94年11月までに「利水事業対象農家の89％の同意を得た」としてきたが、同事業は不要として、同年12月に1144戸の農家が農水省に「異議申立書」を提出。しかし、96年3月29日、農水大臣は農家の口頭審理・意見陳述が終結していないまま異議申し 立てを棄却。同年6月26日、棄却を不服とした農家が提訴した。 農水省側は94年11月4日までに「利水事業対象農家の89％の同意を得た」としていた。 </記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／概論" サブタイトル="「唄は湖底に沈めまい」／五木の子守唄、奉公に励む守子のエレジー" 文献="1" 人物="1999年5月" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="34" リンク名="山形新聞夕刊／メロディーとともに５_本村亜希子（文）19990510" リンク="" コメント="五木の子守唄、大型ダムによる水没予定地に" ジャンプ="eco_kasen">　毎年十一月上旬に開かれる『五木の子守唄祭』の夜。打ち上げ花火のごう音がやみ夜にこだまする。「ドーン、ドーン、ドーン」&lt;br/&gt;　だが花火は見えない。少し場所を移すと、山陰から現れた大輪の花火が頭の真上から降り注ぐ。幾重にも重なり合う山々の奥まった所に熊本県五木村はある。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;「金の卵」外へ&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　村役場付近はくしの歯が欠けたように空き地が目立つ。大型ダムによる水没予定地の住民が相次いで移転したためだ。村の最盛期は昭和三十四年、皇太子（現天皇）ご成婚の年だった。&lt;br/&gt;　六千三百人近くいた人口は、ことし二月末現在、約千七百六十人にまで減った。&lt;br/&gt;　人口減少に拍車が掛かったのは昭和三十年代後半。高度経済成長による労働力不足で、中学を卒業したばかりの「金の卵」が大量に都会へ流出したためだった。&lt;br/&gt;　「デッキでいつまでも外を見ている人、手を振って見送る親にも頭を上げることができず、うつむいたまま涙を流していた人…。石炭のすすでみんな真っ黒だったが、顔を見合わせて笑い合うような雰囲気ではなかったですね」&lt;br/&gt;　松永達人（五四）＝愛知県刈谷市＝は、石炭の熱気で暑苦しい就職列車の中で、一晩中まんじりともできずにいた。学生服の胸には母が縫い付けてくれた木綿の名札。荷物はビニール製のスーツケース一つだけだった。&lt;br/&gt;　到着した名古屋駅のホームには、同じ年ごろの人がズラーツと並んでいた。ざっと千人。各企業の就職担当者も同じように並び、松永たちを待ち受けていた。&lt;br/&gt;　伊勢湾台風が中部地方を襲った二年後の昭和三十六年。入社した自動車部品会社の寮の地下には泥がたまり、町中はまだ殺伐としていた。同期入社の新入社員は約七十人。拡大に次ぐ拡大で、前の年の全社員の三分の一近くが入社してくるという状況が五、六年も続いた。&lt;br/&gt;　給料が年々二倍から三倍も上がったというエピソードもあるほど、日本中が異常なまでの好景気に沸いていた。「辞めていくのも多くてね。三十歳ぐらいまで残っていたのは六、七人でした」。それでも求人難の状況は変わらず、金の卵は引く手あまただった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;村がなくなる&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　♪盆が早よ来りゃ　早よ戻る♪&lt;br/&gt;　深夜、寮で勉強している&lt;br/&gt;と、ラジオからよく「五木の子守唄」が流れてきた。故郷を離れるまでは特に関心を持たなかったが、異郷では強く心が揺さぶられた。&lt;br/&gt;　それでも三年間は家に戻らなかった。「一人前になるまでは石にかじりついてでも帰ってくるな」との両親の言葉がいつも頭にあったからだ。「両親もつらかっただろうけれど、わざと突き放したんでしょう」。松永の娘二人もことし結婚、親元を巣立つ。「今になってそのときの親の気持ちが分かるんです」&lt;br/&gt;　その村が沈む。川辺川ダム建設計画が発表されたのは沼和四十一年。総額二千六百五十億円の大プロジェクトだ。隣の相良村と合わせ、水没戸数は五百二十八戸に上る。ダムが完成すると、基幹産業のない村は過疎化がさらに進む。&lt;br/&gt;　子守唄までダムの湖底に沈めてはならない。元小学校長丸山満喜雄（70）は危機感にかられ、何人ものお年寄りから子守唄を聴き取り、譜面に残し始めた。以来三十年あまり。「子守唄は村の財産なのにみんな関心が薄くて…」。もどかしい思いで保存・継承活動に走り回っている。&lt;br/&gt;　「五木の子守唄」は幼子をあやす歌ではなく、ふるさとを離れて奉公先で働くつらさ、寂しさを歌った「守子（もりこ）のエレジー」と言われる。高度経済成長の時代になっても村周辺には働き口がなく、職を求めて都会へ出なければならない状況は変わらなかった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;弱音吐かない&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　「元気でやっています」&lt;br/&gt;　東寛一（６０）＝名古屋市＝は両親への手紙に、いつもそう書き送った。十二人兄弟の下から二番目だった。PTA会費を借りるため、家でとれた卵を持って近所を回っていた母親を思うと、心配だけは掛けたくなかった。帰りたくても帰れない。どんなにつらくても弱音は絶対に吐きたくない。寂しくなったときには子守唄を口ずさんだ。&lt;br/&gt;　柔和な顔にそぐわないごつごつした手、黒ずんだつめ。二月に定年を迎えたが、会社から請われて今も小ネジ製造現場の第一線で指導に当たる。&lt;br/&gt;　五十三歳のとき、バブル崩壊で会社が業務内容を転換、やむなく転職した。工場長として最後まで一人残り、同業社に機械を引き渡す仕事を見届けた後、今の会社に移った。&lt;br/&gt;　不安はなかった。「技術ではだれにも負けない」と、自分の腕を信じていたためだ。学歴はどうしようもないが腕は磨けば上がる。進学の夢を断念せざるを得なかった悔しさをばねに、ひたすら仕事に打ち込んできた成果だった。&lt;br/&gt;　昭和二十九年五月十一日−。兄に付き添われ、名古屋に出て来た日だ。誕生日はうっかり忘れても、この日だけは忘れることがない。&lt;br/&gt;　好きなカラオケのマイクを手にしても、子守唄だけはいまだに人前で歌えない。&lt;br/&gt;　「いろんな思いが頭をよぎってね‥。ジーンとして涙が出てしまって、最後まで歌いきれないんですよ。子守唄は心の歌なんです」&lt;br/&gt;　（敬称略、文・本村亜希子、写真・菅谷洋司、図版デザイン・佐藤有子）</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／概論" サブタイトル="ダム反対派農家が勝訴、農相決定取り消す　川辺川利水訴訟、福岡高裁判決" 文献="1" 人物="2003年5月" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="35" リンク名="山形新聞／社会20030517" リンク="" コメント="農民のための利水事業なのに農家が反対している。それでも国は事業を推進しようとする矛盾" ジャンプ="eco_kasen">　ダム反対は農家７１９人が農相決定の取り消しを求めた。&lt;br/&gt;　福岡高裁は１６日、必要な数の同意が得られておらず違法として農相決定を取り消した。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／ダム／概論" サブタイトル="国が上告断念　川辺川利水訴訟" 文献="1" 人物="2003年5月" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="36" リンク名="山形新聞／社会20030520" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">　福岡高裁が反対派農家逆転勝訴の判決をしたことを受け１９日、亀井善之農相は記者会見で上告を断念すると発表。国の対応に問題点があったことを認めた。しかし利水事業自体は進める意向を示した。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／堰" サブタイトル="" 文献="0" 人物="堰" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="25" リンク名="" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen"></記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／堰／" サブタイトル="見直される堰の役割／原形保って後世に継承" 文献="1" 人物="" 年月日="2006/10/31(Tue)" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="55" リンク名="山形新聞／夕刊2000年4月15日" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">　軒下の、幅一間（一・八b）ほどの川は川床が浅く、水は瀬音を立てて流れている。石積みの両岸の一方が、水面から照り返す春の日差しを受けて淡く光っている…。山形市街地を流れる山形五堰。その一つ、八ケ郷堰の山形市錦町界隈の光景だ。&lt;br/&gt;　県内には古くからの堰が数多くある。ほとんどが幕藩体制下に開削されたもので、用途も田や畑のかんがい用水、日常生活に密着した生活用水としての役割を担っていた。昭和に入って、こうした堰の多くに代替水路が造られ、いわば生活排水路と化した。その後、下水道の普及で堰の水は少しずつ浄化されたが、それでも、依然としてごみ捨て揚になったりで、放置されたままであった。&lt;br/&gt;　ここ二、三年、こうした堰のもつ環境、景観保全機能を見直して、維持、増進していこうという動きが顕著になっている。県内の三地域の堰を紹介しながら、それぞれの歴史をたどり、現代的な役割を考えてみたい。&lt;br/&gt;　　　◇　　　　◇&lt;br/&gt;　山形五堰は、山形市東部の馬見ケ崎川を取水源にして、市内を網の目のように流れる水路である。&lt;br/&gt;寛永元（一六二七）年、山形城主鳥居忠政が、洪水防止とかんがい用水確保のため大工事を行った。&lt;br/&gt;笹堰、御殿堰、八ケ郷堰、宮町堰、双月堰の五つから成る。&lt;br/&gt;　鶴岡市の大道堰は、赤川から取水する青龍寺（しょうりゅうじ）川の支堰。一六一〇年から六一年の間の開削とみられる。かんがい用水路であるが、鶴ケ岡の城下を流れるため生活用水としても利用された。市内には、百間掘に水を引いた沢田堰もある。&lt;br/&gt;　藤島町の因幡（いなば）堰は、最上義光の家臣・新関因幡守久正が赤川から藤島領内に農業用水を引くため、慶長十二（一六〇七）年に開削工事に看手した。途中、最上氏が改易され、因幡守も他領に預けの身となって工事は中断した。多くの困難を経て完成したのは、約百年後の宝永三（一七〇六）年であった。&lt;br/&gt;　　　◇　　　　◇&lt;br/&gt;　この三地域の堰は今、地元住民の熱心な努力で身近な水辺の空間としてよみがえろうとしている。&lt;br/&gt;　山形五堰は、市民がおととしからクリーン作戦を展開、水路を掃除したりして清流回復の努力を続けている。山形市は流域七カ所に親水空間を整備する計画を策定した。計画には住民の意見も反映されている。さらに、パンフレットをつくって五堰の歴史的な経過を紹介し、遺産としての価値を強調している。&lt;br/&gt;　鶴岡市の大道堰は、まちづくりの観点から、市民が堰周辺を実際歩いてみて、気付いたことをまとめるワークショップを実施。鶴岡市が研究を委託している早稲田大学佐藤研究室の「まちづくり情報帳」に、その結果を掲載している。&lt;br/&gt;　藤島町の因幡堰は、住宅地を流れる堰の整備を町民参加で行うことにした。因幡堰土地改良区などが中心となって協議会を発足させ「みんなで考えるせきづくり」として住民の意見を聞いた。管理、運営に反映させる。&lt;br/&gt;　　　◇　　　　◇&lt;br/&gt;　むろん、県内にはこの他に多くの堰があり、それぞれに歴史を秘めている。列挙した三地域の堰も含め共通しているのは、その昔、殖産興業としての開墾が進められ用水の供給が最重要課題であった、ということ。先人の汗と苦労の結晶が、そして為政者の石高拡大という野望が、堰の歴史を彩っている。&lt;br/&gt;　堰によっては、かんがい用水としての役割を既に終えたところもある。あるいは、その機能を担っているとしても、地域用水としての役割にウエートが移っている。今後は、先人の遺産を再び生活用水、それも環境保全、景観保全を前面に打ち出した、親水空間としてよみがえらせることが焦点となる。いわば、堰の現代的な活用ということである。&lt;br/&gt;　堰をめぐっては、地元自治体をはじめ文部省、農林水産省所管の整備計画がある。いずれも、環境面の配慮がなされているが、ここで強調したいのは、整備の際、堰の原形保存に意を用いてほしい、ということである。三百年、四百年の歴史の重みを十分くみ取って、後世に継示すべきであると思う。やはり、堰を守っていくのは、せせらぎを聞きながら育った住民以外にはない。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／堰／最上川" サブタイトル="" 文献="0" 人物="　最上川" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="26" リンク名="" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen"></記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／堰／最上川" サブタイトル="最上川さみだれ大堰_" 文献="1" 人物="2000年9月" 年月日="" 連続="" 画像="img/700041.jpg" 横サイズ="650" 移動="29" リンク名="山形新聞20000902最上川２００キロを歩く" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">　左岸立川町清川、右岸松山町粕谷沢を結ぶ全長２０９．５ｍのゴム製のダム。空気を出し入れすることで堰の役割を果たす。完全に起立すると高さ２．７ｍ。両岸に魚道を設けており、さかのぼる魚をガラス越しに観察する「フィッシュギャラリー」がある。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／堰／吉野川" サブタイトル="" 文献="0" 人物="　吉野川第十堰" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="28" リンク名="" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen"></記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／堰／吉野川" サブタイトル="住民投票条例案を否決／徳島市議会委員会、吉野川第十堰問題で" 文献="1" 人物="1997年2月" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="29" リンク名="毎日新聞サイバー編集局環境のページ横田信行、臺宏士（文）" リンク="" コメント="「堰が原因で洪水被害が起きたことは築造から250年間で一度もない。環境を破壊し、1000億円も投じる必要があるのか」と" ジャンプ="eco_kasen">  徳島県・吉野川の第十堰を撤去して、下流に可動堰を新設する建設省の計画是非を問う徳島市の住民投票条例案を審議している&lt;br/&gt;徳島市議会の「吉野川第十堰改築に係る条例制定に関する特別委員会」（喜多宏思委員長、委員１２人）は２月５日、委員長を除く１&lt;br/&gt;１人で採決を行い、賛成４、反対７の反対多数で同条例案を否決した。同条例案は８日の本会議でも採決されるが、同特別委が否決&lt;br/&gt;したことで本会議での成立は困難な見通しとなった。特別委で否決されたことを受け、条例制定を求めている市民グループ「第十堰住&lt;br/&gt;民投票の会」（姫野雅義代表世話人）側は、本会議で否決された場合は、４月の市議選で条例賛成議員の支援を行っていくとともに&lt;br/&gt;独自候補擁立も検討していく方針を固めた。</記事>
<記事 タイトル="生態系を守る／河川／堰／吉野川" サブタイトル="住民投票条例請求書と条例案（本文）" 文献="1" 人物="┗" 年月日="" 連続="" 画像="" 横サイズ="650" 移動="30" リンク名="毎日新聞サイバー編集局環境のページ横田信行（文）" リンク="" コメント="" ジャンプ="eco_kasen">徳島市議会特別委員会が否決した第十堰住民投票の会（姫野雅義代表世話人）の住民投票条例案は次の通り。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;徳島市条例制定請求書 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;吉野川可動堰建設に関する徳島市住民投票条例制定請求の要旨 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;【請求の要旨】 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt; 吉野川は古来から徳島の地に多くの恵みをもたらしてきました。今日でもその流れは人々の生活を支え、無数の命を育んでいます。谷を開き、平野を潤して滔々と流れていいくふるさとの大河が、いつまでも豊かで清らかであることを願わない人はいないでしょう。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt; 今、この吉野川に巨大な可動堰を建設する計画が進められています。150年に一度の洪水に備えるためには、現在の吉野川第十堰を撤去し、可動堰を建設する必要があるというのです。しかし、第十堰ができてから250年間、堰が原因で水害が起こったことは一度もないのに、本当に撤去しなければならないのでしょうか。コンクリートで川をせき止めれば、飲み水や生態系に重大な悪影響が生じるのではないでしょうか。そして、総工費1000億円、徳島県民一人あたり12万円を超える投資となる事業費は、国や県の財政をさらに圧迫し、福祉の削減や増税につながるのではないでしょうか。このような疑問から可動堰に反対する意見は増え続け、最近の世論調査では過半数に達しています。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; ところが、議会や行政は可動堰の建設を推進し、建設省の審議委員会も計画を妥当とする意見をまとめました。議会や行政は住民の意見を反映することが期待されていますが、この問題については民意との間に大きなギャップが生じています。もし、このまま建設を進めれば堰の完成後も住民の批判は絶えず、公共事業や政治過程に対する強い不信を生じることになるでしょう。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt; 私たちは、住民投票によって住民の意思を明らかとし、可動堰の建設が住民の意見に基づいて行われることが必要であると考えます。堰の建設は、多くの住民の賛成を得てからでも決して遅くないはずです。住民の意志を明らかにすることは、河川整備計画に住民の意見を反映させることとした河川法（平成９年改正後のもの）の趣&lt;br/&gt;旨にも適合しています。また、住民が判断するのは、可動堰に象徴されるような環境と財政に大きな負担をかける従来型の河川改修を続けるのか、それとも新しい河川改修のあり方を求めるのかという基本的な政策の選択であり、可動堰の賛否は住民投票に適する問題と考えられます。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt; そこで、可動堰建設予定地である徳島市において住民投票を実施するために、本条例の制定を請求いたします。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;吉野川可動ぜき建設に関する徳島市住民投票条例案 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;【目的】 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;第１条 この条例は、吉野川の可動ぜき建設計画について市民の賛否の意思を明らかとし、もって吉野川の河川整備 計画に市民の意見を反映させることを目的とする。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;【定義】 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;第２条 この条例において「可動ぜき建設計画」とは、現在の吉野川第十ぜきを撤去し、新たに可動式の水門を有するせきを建設する計画をいう。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;【住民投票】 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;第３条 第１条の目的を達成するため、可動ぜき建設計画に対する賛否について、市民による投票（以下「住民投票」という。）を行う。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;２ 住民投票は、市民の自由な意思が反映されるものでなければならない。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;【住民投票の施行とその措置】 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;第４条 住民投票は、市長が執行する。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;２ 市長は、住民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の結果を尊重し、国、県その他の関係機関及び関係団体と協議して、可動ぜき建設計画に市民の意見が反映されるように努めなければならない。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;【情報公開】 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;第５条 市長は、住民投票の実施に際し、国、県その他の関係機関及び関係団体と協議して、可動ぜき建設計画について市民が賛否の判断をするのに必要な情報の公開に努めなければならない。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;【住民投票の実施】 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;第６条 住民投票は、この条例の施行の日から６月以内に実施するものとする。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;【住民投票の期日】 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;第７条 住民投票の期日（以下「投票日という。）は、市長が定める日曜日とし、投票日の10日前までに告示しなければならない。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;【投票資格者】 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;第８条 住民投票における投票の資格を有する者（以下「投票資格者」という。）は、前条に規定する告示の日において本市の選挙人名簿（公職選挙法（昭和25年法律第100号）第19条に規定する名簿をいう。以下同じ。）に登録されている者及び告示の日の前日において選挙人名簿に登録される資格を有する者とする。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;【投票資格者名簿】 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;第９条 市長は、投票資格者について、吉野川可動ぜき建設についての住民投票資格者名簿（以下「投票資格者名簿」という。）を作成しなければならない。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;【投票所における投票】 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;第10条 投票資格者は、投票日に自ら住民投票を行う場所（以下「投票所」という。）に行き、投票資格者名簿又はその抄本の対照を経て、投票しなければならない。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;【投票の方式】 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;第11条 住民投票は、秘密投票とする。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;２ 投票は、一人一票とする。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;３ 投票資格者は、可動ぜき建設計画に賛成するときは投票用紙の賛成欄に、反対するときは投票用紙の反対欄に、自ら○の記号を記載し、投票箱に入れなければならない。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;【投票の効力の決定】 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;第12条 投票の効力の決定に際しては、次条の規定に反しない限りにおいて、投票した者の意思が明白であれば、その投票を有効とする。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;【無効投票】 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;第13条 住民投票において、次の各号のいずれかに該当する投票は、無効とする。 &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;（１）所定の投票要旨を用いないもの &lt;br/&gt;（２）○